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古書店経営  樋田 行夫(前橋市岩神町)



【略歴】前橋高、法政大学法学部卒。東京・高円寺都丸書店にて古本屋修業。帰橋後、実家の大成堂書店で群馬の古本屋を学ぶ。1977年、大閑堂書店開業。



本の装丁



◎読む前に見て嗅いで



 「本は読む前に見るものである。そして、匂いを感じ取るものである」といわれる。それを表現するものは造本であり装丁である。

 明治になって印刷、製本技術の発達により、和装本から洋装本(現在の本のかたち)へと本は変化した。

 ドイツ、イギリス、フランスで西洋文化のいろいろに触れ、吸収してきた森鴎外、夏目漱石、永井荷風らは、著作を出版するにあたって、かつて目にした洋装本の素晴らしさを投影しようと目論(もくろん)だであろう。 夏目漱石著・橋口五葉装丁の「吾輩ハ猫デアル」をはじめとする「内容は精神、装丁は肉体」との意識の下に装丁・造本された一群は、書名、図案、著者名を金押し、布装を羅紗(らしゃ)紙風のカバーで装ったり、天金・二方アンカット・石版刷の挿絵・著者の蔵書票を印刷し添付したものがあった。

 また紙の表紙に黒の漆を塗りこんだり、背から表紙の中ほどまでをバックスキンで覆ったり、木版多色刷りで絹布の表紙を装う等さまざまな趣向を凝らして美の世界を構成している。

 時代小説や探偵小説、現代小説など大衆文芸でも、内容と装丁が表裏一体を成し、一幅の絵画のようでもあり、図案的な意図を強調してモダンな感覚、ロココ風、アール・ヌーヴォー風でもある。山岳書では朋文堂の「コマクサ叢書(そうしょ)」がある。濃いブルーを基調にしたしつらえで、手に取るのを一瞬躊躇(ちゅうちょ)したほどの気品を感じたものであった。

 眺めるだけでわくわくさせる仕掛けに読者はやすやすと乗ってしまう。 萩原朔太郎の「月に吠える」は、重患の病床中でもすべての『生命の残部』を傾注することを約束し、カバーと挿絵11葉を残して23歳で去った田中恭吉と、装丁を完成させた恩地孝四郎の強い意思で完成した。

 布表紙・革表紙の本は時折目にすることはあるが、その手になじむ、えも言われぬ落ち着いた感覚が生じたのを覚えている。革装の本を手にした時、たとえばズック靴を卒業して革靴へと移った気分、鉛筆から万年筆へと少々大人の世界へ入った気分、手にしっとりとなじむ柔らかな感覚は忘れることはない。

 豊かな創造力と手間と心で本を作りあげる情熱の総体で時代の根底にある本質を作品に込めて活字文化が形成されてきたが、これらの書物は希少な存在となり店頭を飾ることはほとんどない。ブックデザインとの名の下、この文化が継承され広く世間に流布し発展していくことを期待する。

 現在では、とりわけ絵本作家の作品からあふれ出てくるパワーが、この文化のエッセンスを引き継いでいることを感じる。変化に変化を重ねる現在という時代に力強く、創造力(想像)にあふれ、意匠に富んだ多様な本を手にする喜びを多くの人が享受して欲しい。






(上毛新聞 2011年3月17日掲載)