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医師  中嶋 靖児 (前橋市広瀬町)



【略歴】福島県郡山市出身。群馬大医学部卒業後、国立病院など勤務を経て、現在は前橋広瀬川クリニック免疫治療部長、伊勢崎佐波医師会病院非常勤医師。


野菜の効用



◎「健康」と「美」もたらす



 おかずのことを「お菜」といいますが、これは昔から野菜や山菜が大切な副食物であった証拠です。

  春日野に煙(けぶり)立つ見ゆ少女等(おとめら)し

  春野のうはぎ採(つ)みて煮  らしも

 これは万葉集巻十にある歌です。「うはぎ」は嫁菜のことで、「野遊びに来た娘たちが嫁菜を煮て食べているのだろう。野に煙が立っているのが見える」と詠(うた)っています。菜食民族にとって、野や山の緑は欠かすことのできない栄養の補給源であったのです。

 また、陰暦正月7日は五節句の一つの人日(じんじつ)です。陰陽道で人を1年で最初に占う日だといいます。そして七草粥を食す日でもあります。この習俗は宮中が発祥で、京洛周辺の七つの野から摘んできた七種(くさ)の野菜を粥に入れ、人日の節句を祝ったのが始まりだそうです。それが次第に庶民の間に広まり、別名「若菜の節句」ともいいます。何とも響きのよい言葉ではありませんか。

 七種は、芹(せり)、なずな、御形(ごぎょう)、はこべら、仏の座、鈴菜、すずしろの七菜ですが、これらを食べることで新年の家族全員の無病息災を祈っていたのです。

 「七草にさらに嫁菜を加えけり」という虚子の句があります。この句は多分に、前掲の万葉集のうはぎの歌が念頭にあって作られたものではないかと思われます。こうして見ると、今も昔も、野菜は健康のために欠かすことのできない食べ物であったのです。

 今は故人になられた予防がん学研究所長の平山雄先生は、がん発生の予防に緑黄色野菜が重要な働きをしていることを証明して、日本がん学会総会に発表しています。

 人参、カボチャ、ホウレンソウ、小松菜、ニラ、パセリ、ブロッコリーなど、これらの野菜にはビタミンCが多量に含まれているだけでなく、体内でビタミンAに変換するカロチンもたくさん含まれています。そして、これらの野菜を多く摂る人にがんが大変少ないことを平山先生は証明して発表していたのです。

 昔の人も、早春の野菜を食べることで病気にならないことを経験的に知っていたに違いありません。長い冬が明けるとすぐに周辺の野山に出かけ、野草を摘んで食べることが、当時の人々の年中行事になっていたのでした。 最近の研究では、新鮮な野菜には抗酸化作用があって、病気の原因物質である活性酸素の働きを止める力のあることが分かりました。野菜には、がんだけでなく脳卒中や心臓病など、あらゆる種類の病気を防ぐ力があります。しかもそれだけではありません。活性酸素が原因で発生する顔のシワやシミまでも抑える力があったのです。野菜は人を健康にするばかりか、人を美しくする源泉でもあったのです。




(上毛新聞 2011年3月31日掲載)