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別府大文学部教授  丑木 幸男(大分県別府市)



【略歴】県文化財保護課、県史編さん室から武尊、渋川女子、中央各高校教諭を務めた後、国文学研究資料館史料館長、アーカイブズ研究系研究主幹などを歴任。


アーカイブズ学



◎過去といまを未来に



 別府大学でアーカイブズ学を教えている。大学へ行って驚いたのは平成生まれが大学生。昭和天皇が亡くなり、当時の小渕恵三官房長官が色紙を掲げ「平成であります」と発表し、どのテレビ局も同じ番組を放送していたことに、情報操作の可能性を危惧したのは、つい先日のことのようだ。テレビ番組も読書も音楽も異なる世界に住む大学生と、共通の感覚を持つことは無理なようだ。

 アーカイブズ学は古文書学と間違われることが多いが、現代文書も対象とする。100年前の古文書をみることにより、われわれがむかしの人間の活動を復元し、過去をいまに活(い)かす恩恵をこうむっているのだから、100年後の人たちのために、現代の記録を保存し、いまの社会の様子を未来に伝える責務がある。

 さらに新しい問題として浮上したのが電子文書である。メール、インターネットのない生活はいまでは考えられないくらいだ。電子文書は紙にプリントしないで、コンピューター上で流通しているので、伝統的な古文書学の手法では対応できなくなってしまった。たとえば、古文書学がもっとも熱心に取り組んだ真偽鑑定の方法は、電子文書にはまったく適用できない。電子文書を活用、保存する理論と技法の確立は、国際的に議論が積み重ねられ、検討されている。

 古文書を整理して、いまに活かす、現代の記録を未来に残す、電子文書を保存する、さらにこうした記録史料を保存する文書館を設置し運営する、この四つの課題を一貫した理論で考え、解決しようとしている。

 アーカイブズ学の修得の第一歩は崩し字を読むこと。そのうえで理論と実践を鍛えようとしているが、大学生はもとの漢字を知らないので解読からつまずいてしまう。そこで崩し字の極致は平仮名だから、その導入に「いろは歌」を唱えさせようとするが、それも途中までしかでてこない。古文書に頻出する干支も自分の生まれ年以外は知らないし、甲乙丙丁などの十干にいたっては聞いたこともない様子。

 そのかわりケータイのこととか『もしドラ』などは、私の方がちんぷんかんぷん。伝統文化の断絶がすでに始まっていることを実感する。それでも救いは素直なこと。必死になって学んでいる。大学で所有する江戸時代や明治期の古文書を使って、国際的に提案されている方法論で、文書目録を作成する編成記述論の訓練をしている。

 アーキビストになるには就職氷河期以上に厳しい状況だが、アーカイブズ学を学んで、古文書・電子文書を保存、活用するとともに、現代社会を後世に伝えることができる記録を、選別して残すことができる実力を身につけてほしいと念願している。






(上毛新聞 2011年4月28日掲載)