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NPO法人・手をつなごう理事長  田中 志子(沼田市久屋原町)



【略歴】帝京大医学部卒。認知症を主とした老年医学専門医師。2008年「いきいきクリニック」開業。認知症啓発に取り組み、県認知症疾患医療センターのセンター長兼務。


認知症と訪問診療



◎日常生活の維持を援助



 初期の認知症の方は「自分に物忘れがある」という意識がなく、しかも実際には記憶に障害があるため、家族や周囲とのトラブルが絶えないことがある。また、自分が認知症という意識(病識)がないがゆえに、診察を受けることも通院を続けることも困難なケースが見られる。群馬県は公共機関も少なく、私たちの地域では高齢化率が25%を超え老老世帯も多い。こうした地域性もあって、ますます独居や老老世帯患者の通院が困難になっている。

 医師が患者さんとそのご家族から別々に話を聞く診療スタイルをとってから、ご家族に介護負担感があっても通院の介助をしてくれるケースが増えた。通院ができると薬の投与や介護サービスのアドバイスなど、認知症の治療やケアが可能になる。「こちらの言葉一つで反応が変わるんですね」と、家族は接し方で患者さんの日常の様子が少しでも落ち着くと安心できる。

 しかし、一人暮らしなどで近隣とのトラブルが絶えない重度の認知症の方は、介護保険サービスを受ける仕組みにさえたどり着けないこともある。医療の必要性を理解していなかったり、介護を担当する地域包括支援センター等から介護申請を勧められても、やはり「必要ない」と本人が受け入れないためだ。

 こういったケースには「訪問診療」を使い、医療を切り口に介入すると、うまく介護サービスの導入ができることがある。実生活では家事の援助なしには食事ができなかったり、家が散らかって衛生状態が悪くなっていても「自分は大丈夫」と思っている患者はヘルパーが自宅に来ることを受け入れない。しかし、「医者が来るなら仕方ない」と思うのか訪問診療ならば来てもいいと言ってもらえることがある。ただし、いいと言ってもらえるまでに相当の努力と時間を要する。

 訪問診療に結びついても初めは空振りが多い。なぜなら医者が来たかどうかの前に誰が来たのかが理解できない。あるいは、やっと理解しても「医者にかかる理由」(大抵は血圧測定や健康診断と説明している)を毎回同じように説明する必要もある。また、いったんその時間を理解できてもすぐに訪問診療の事実を忘れてしまったり、訪問の予定時間に留守ということも多い。まずは数回の訪問で顔なじみになり、信頼してもらえるようになったら少しずつ薬やケアの話をする。

 気の長い時間ではあるが認知症の定義が「認知症のために日常生活に支障をきたすこと」であるので、日常生活をどこにいても誰といても成り立たせるように援助することが私たちの仕事である。この時間こそが薬物療法を行えない状況下での認知症の方への非薬物療法であり、日常生活を維持するために大変重要なのである。





(上毛新聞 2011年5月1日掲載)