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座繰り糸作家  東 宣江(安中市鷺宮)



【略歴】和歌山県出身。嵯峨美術短期大学テキスタイル(京都)卒。2002年来県。碓氷製糸農業協同組合(安中)で座繰りを学ぶ。07年から養蚕も行っている。


蚕の棚飼い



◎大変な作業で増す愛着



 5月は春蚕の飼育が始まる季節だ。先月、東京で蚕にまつわるドキュメントを観(み)たこともあり、今回は養蚕のことを書きたい。

 観たのは、「牧野物語・養蚕編」という映画だ。監督の小川伸介率いる小川プロダクションが山形県牧野に移住していた1977年に撮られたものだ。近所の農家の主婦である木村サトさんの指導を受けながら、小川とそのスタッフが蚕を飼う様子を記録したもので、それを通じて蚕と共に半生を歩んできたサトさんの人生の一端を共有していくところが面白い作品だった。

 34年前に撮影されたその飼育は、10段ほどの棚に平籠をさして、その籠で蚕を育てる「棚飼い」という方法だった。私は数年前から、この方法が気になっていた。幸い、道具を譲っていただく機会を得ると試してみたくなった。それから、養蚕をご存じの方に話を聞いて回ったのだが、皆一様に、大変だから止めた方がよいという話だった。

 現在、県内で行われている飼育の大半は、孵化(ふか)から3齢までの稚蚕期の飼育を農協などに委託している。農協から農家に届けられた3齢幼虫は、幅1・5メートル、深さ0・5メートルほどもある組み立て式のプールのような台の中で育てられる。これだと、桑の葉を枝ごと与えることができる。蚕は上に上がる習性があるので、いつも上部の新しい枝に上って葉を食べる。そのため、下に古い枝がたまっても、ある程度は支障がない。そのおかげで枝の始末など、飼育中の掃除は数回で済ますことができる。

 この方法ならば、私1人でも3万頭の飼育は可能だ。しかし、先に述べた棚飼いは、そうはいかない。昨年、3万頭の蚕を3齢から実際に棚で育ててみたのだが、これは確かに大変な作業だった。棚にさして育てるので、その平籠には桑を枝ごと積んでいくことができない。毎回、籠の上を清潔に掃除しては、新しい葉を枝からもいで蚕に与えるのだ。そのうち、籠が重くて1人では動かせなくなった。常時2人で作業をしていたのだが、蚕の食欲が増すにつれ、葉をもぐ時間が足りなくなった。慣れないこともあり、予定通りに世話が終わらず、作業が深夜に及ぶこともあった。できるならば、あと1、2人は手伝いがほしいところだ。

 飼育台で飼う方法を知ると、もう棚で飼うことはしたくないと思う。しかし、その苦労のかいがあってか、蚕に対する思いは強くなった気がする。世話を焼いた分、愛着が増したのかもしれない。どの蚕もかわいらしく、不手際で死なせてしまった時の罪悪感は大きい。棚で飼うまでは、そこまでの感情は自分の中には無かった。虫が苦手な人には、想像し難いことかもしれないが、人と蚕はそうして永く共に生きてきた。特別な虫である。








(上毛新聞 2011年5月12日掲載)