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なかや旅館社長  阿部 剛(みなかみ町湯桧曽)



【略歴】沼田高、新潟大経済学部卒。1994年に実家のなかや旅館に入り、98年から現職。著書に『1日10分!「おもてなし」ミーティングがあなたのチームを強くする』。


「吐く」から「叶う」へ



◎がんばって言葉を選ぶ



 東日本大震災の発生から2カ月余り。あまりの被害の大きさに、人々の心から不安や心配が消えることはなかなかありません。

 世の中がこのような状態ですから、観光やサービス業に携わる私たちは、非常に厳しい経営状況に追い込まれています。このような中で私は、なかなかこの原稿を書けずにいました。

 そんな状態だったある日、私はツイッターで、次のような内容が書かれた文に出合いました。

 「人は、いろいろなことを言葉にして口に出す。プラス(+)のことも、マイナス(―)のことも。そして、その両方を口に出すと、それは『吐く』という字になる」

 確かに、口を左に書いて、プラスマイナス(+―)を重ねて書くと、こうなります。そして、文はこう続きます。

 「けれど、マイナスを消してプラスだけにすると、それは『叶(かな)う』という字になる」

 こじつけかもしれませんが、私はこの「叶う」という文字の成り立ちを知った時、絶句しました。自分の至らなさを突き付けられた気がしたのです。

 つまり私は、知らず知らずのうちに、震災発生以降「いかにたくさんの言葉を“吐いて”いたか。多くの不安・心配・不満を口にしていたか」という事実に気付かされました。

 私が、この欄で一貫してお伝えしているテーマは「おもてなし」です。「おもてなしを届ける」とは、私は、「相手を思いやること・大切にすること」と考えています。

 「叶う」という字にまつわるこの文は、私の至らなさを直視させましたが、逆に私を「おもてなししてくれた」気もしました。私は、不思議に苦しい気持ちが少し救われ、勇気と自分が向かう方向を与えてもらった感覚を感じたのです。

 そんな私に、今、ある言葉が頭に思い浮かびます。それは「がんばろう」という言葉。今の日本では、さまざまな場面で「がんばろう」という言葉に出合います。「がんばろう」とは、何をがんばり、何をすることなのでしょうか? あるいは、何をしないことなのでしょうか?

 もちろん、東北の人たちと、群馬にいる私は、置かれた環境も違いますから、東北の人たちと群馬の私では、踏ん張る「がんばり」も、当然違うはずです。

 そして「今、がんばること」は、一つや二つではありません。しかし、群馬にいる私は、たくさんの「がんばること」の中に、もう一つ加えてもいいかもしれない、という気がしています。

 加えるのは「マイナスの言葉をできるだけ口に出さずに、プラスの言葉(力づけ・励まし合い)をなるべく多く口に出すこと」。今の日本で、一つでも多くの願いや望みが「叶う」ことを祈って。






(上毛新聞 2011年5月14日掲載)