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大川美術館館長  寺田 勝彦(桐生市宮本町)



【略歴】東京都出身。学習院大大学院修了(美学美術史専攻)。学習院女子高等科科長などを歴任。学習院名誉教授。清春白樺美術館理事。日本ユネスコ協会連盟会員。


大震災と美術館



◎絵画通して心に潤いを



 未曽有の大震災が発生して、すでに2カ月以上が経過した。しかし、問題の原発事故が収束する展望は開けず、いまだ多くの人々が不安や恐怖を抱きながら、忍耐強く避難生活を続けている。これまで、「もっと便利に」と、あくなき欲望にかられてきたわれわれにも責任なしとは言えないが、この深刻な事態を招いた国や電力会社の責任は、まことに重い。せめて一人の犠牲者も出さずに、一日も早く危機克服を成しとげてほしいと願うばかりである。

 4月には、被災地でも小・中学校の始業式が相次いで行われ、新学期のスタートが切られた。震災後、散り散りになっていた子どもたちが、先生や友だちと再会でき、お互いの無事を喜び合う明るい笑顔に、あらためて命の大切さを思った。

 一方、目を覆いたくなるような惨状も、まだ続いている。このところ頻繁に報じられているが、震災で飼い主が亡くなったり、避難したために見放された家畜たちの悲惨な状況である。牛舎には、あばら骨が浮き出るほどやせ細った牛が並び、すでに飢え死にした子牛も横たわっている。無人に近くなった村の中を、牛舎から解き放たれた牛の群れが餌を求めてさまよい歩く光景など、この世のものとは思えない。

 もちろん人の生死と同列に語れることではないが、酪農家にとって家畜は家族同様である。実際、家畜を世話するからと避難を拒む人もいるという。酪農家が政府の「警戒区域」への一律立ち入り禁止や、県による殺処分に簡単に同意できないのも当然である。「警戒区域」は福島県で最も酪農の盛んな地域だと聞くが、国や県は、もっと心ある対応がとれなかったのだろうか。

 さて、今回のような大震災に、美術館が実質的に支援にならないことは重々承知している。日々、美術館に何ができるか、何を成すべきか自問自答を繰り返すばかりである。結局、皆さんに美術館へ足を運んでいただくほかないのである。当館のコレクションの中軸である孤高の夭折画家松本竣介は、東北とかかわりが深い。17歳で東京へ移るまで、花巻から盛岡へと岩手県で過ごしている。竣介は、県立盛岡中学(現・盛岡一高)に入学時、不幸にして聴覚を失ったため、普通の職業に就くことをあきらめ、画家を志すことになったのである。そして、戦争にあけくれた昭和の最も悲惨な時代を人間的に生き続けようとした画家でもあった。

 言うまでもないが、描く人の内面を映す絵画は、見る人の心を揺さぶり、疲れた人の心に潤いを与えてくれる。たとえ、一部の人へのいっときの癒やしであっても、いつか被災された方々の心に伝わると思っている。






(上毛新聞 2011年5月18日掲載)