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大川美術館館長  寺田 勝彦(桐生市宮本町)



【略歴】東京都出身。学習院大大学院修了(美学美術史専攻)。学習院女子高等科科長などを歴任。学習院名誉教授。清春白樺美術館理事。日本ユネスコ協会連盟会員。


美術鑑賞の喜び



◎人つなぐ作品への共感




 公立、私立を問わず、各地の美術館が今、一番頭を悩ませている問題の一つは、いかにリピーターを増やすかということではないだろうか。大都市で催される印象派の有名画家などの大型企画展は、相変わらず盛況のようだが、一般に常設展などで美術館へ足を運ぶ人は、信じられないほど少なくなっている。

 当館は、前館長の故・大川栄二氏が私財を投じ、1989(平成元)年、自身の故郷であるここ桐生に、「常設展示を主体とする美術館」として開館したものである。美術館の力は、基本的にはコレクションの質と量と思っているが、当館の所蔵作品は、その中軸をなす松本竣介や野田英夫の代表作を含む7300点余りで、言うまでもなく、その所蔵作品の母体は大川氏がサラリーマン時代の40年間に情熱を傾けて収集した個性豊かな個人コレクションである。

 美術館は多くの場合、開館した際には大いに祝福され、来館者も多く訪れるが、数年のうちに頭打ちになっているようである。当館も残念ながら開館当初の入館者数に比べ、現在はおよそ3分の1に落ち込んでいる。理由はいろいろあるが、情報の発達によって、一般に展覧会は企画展が当たり前と思われるようになり、常設展などへ目が向かなくなったのもその一つであろう。実際、「展示作品は変わりましたか」と聞かれることも多く、「変わっていない」と答えると、決して来ることはないのである。つまり「常設展をしている」と言うことは「何もしていない」と同じように見られてしまうのである。

 美術館で最も充実した気持ちを味わう瞬間は、目の前にある作品が表現する魅力のみならず、その作品を通して作者への深い共感や、その作品に対して同じ想おもいを感じとったであろう他の鑑賞者との結びつきを思う時である。作品を媒介に他者の生命との交流が生じるところにこそ美術鑑賞の本当の喜びはあるはずだ。しかし、それは一度限りの美術館体験で得られることではないのである。

 美術館では、来館者のリピーター化を図るためにさまざまな工夫もしている。イヤホンガイドや学芸員などによるギャラリートーク、それにワークショップなど、観客参加型イベントはすでに定着している。近年は、将来の観客を育てようと学校への出前授業をはじめ、夏休みを中心に子供を対象としたワークショップも盛んに行われるようになった。

 さて、美術館の大切な役割というのは、いつでも誰でも気軽に立ち寄ることができ、何度でも自分の好きな絵の前に立っていただけることである。もっとも、それを実現するためには、入場料というもう一つの問題を解決しなければならないのだが。





(上毛新聞 2011年7月15日掲載)