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医師  中嶋 靖児(前橋市広瀬町)



【略歴】群馬大学医学部卒。国立病院などの外科勤務を経て、前橋広瀬川クリニック免疫治療部長。主な著書に「がんが進んでしまっても長生きはできる」(ごま書房新社)。


幽霊船とコラーゲン



◎壊血病を防いだレモン




 コラーゲンには美容効果や美肌効果があるといって、ご婦人の間ではコラーゲン液を飲んだり、コラーゲンの多い食品を食べたりする風潮があるようです。牛筋(すじ)や鶏の手羽先、それにフカヒレなどが好まれ、中には鶏が丸ごと入っているサムゲタンを食べるために韓国まで出掛ける人がいるといいます。

 ところで、コラーゲンを飲んだり食べたりすると本当に美しくなるのでしょうか。

 私たちの体は60兆個もの多数の細胞でできています。その一個一個の細胞の外側には細胞外マトリックスといって、細胞と細胞とをつなぐ細胞間物質があります。その物質によって細胞や臓器の形が作られています。

 実はコラーゲンは細胞外マトリックスを作っているタンパク質です。従ってコラーゲンは細胞を活性化させるための足場を作り、しかも細胞増殖にはなくてはならない物質です。当然、皮膚に張りをもたせるのもコラーゲンの仕事です。問題は口から食べたコラーゲンが皮膚のコラーゲンになるのかという点です。

 この疑問を解くのにうってつけの話があります。それは幽霊船です。17世紀から18世紀にかけての大航海時代には、帆船で世界一周するほどの長期航海が行われるようになりましたが、そのとき船員を襲った最悪の病気は壊血病でした。その帆船時代を象徴するものに幽霊船がありますが、それは壊血病などで乗組員全員が死亡して漂流している帆船のことです。

 壊血病の原因はコラーゲン欠乏による血管破綻です。全身から出血して死亡します。実はコラーゲンは皮膚ばかりでなく、骨や全身の血管をも作っていたのです。そのコラーゲンが体の中で作られなくなると、皮膚が老化するだけでなく、出血して致命傷になります。コラーゲンは血管にとってもなくてはならない物質であったのです。

 ところで、長い航海のためには大量の肉を船に積み込みます。毎日の食事は干し肉や塩漬けされた肉が主体でしょう。当然、その肉には多量のコラーゲンが含まれています。それでも壊血病は発生しました。コラーゲンを食べただけでは、体の中でコラーゲンが合成されることはなかったのです。

 ところが不思議なことに、レモンをよく食べていた乗組員に壊血病は発生しませんでした。よく調べてみると、レモンのビタミンCが壊血病の発生を防いでいたのです。

 その後の研究で、コラーゲンが体内で合成されるためには、どうしてもビタミンCが必要であることがわかりました。長期航海でビタミンCが欠乏し、コラーゲンが作られなくなっていたのです。実はビタミンCは壊血病の研究で発見された物質であったのです。





(上毛新聞 2011年7月24日掲載)