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みどり市観光ガイドの会会長  松島 茂(みどり市東町)



【略歴】旧勢多東村出身。城西大卒。両毛建材社長を経て2005―09年、わたらせ渓谷鉄道社長を務めた。昨年7月に発足したみどり市観光ガイドの会の初代会長。


沢入駅と老婦人



◎さまざまな人生見守る




 7月9日と10日、わたらせ渓谷鉄道・沢入(そうり)駅において恒例になっているあじさい祭りが今年も開催された。アジサイの花は例年に比べ、開花は遅れているように思われたが、群馬デスティネーションキャンペーンが始まって間もないお祭りでもあったので、多いににぎわうことを期待して私も祭りに加わっていた。

 このお祭りは駅周辺の美化運動が発展し、アジサイの苗を毎年植え続け、沢入駅をアジサイの駅にまでしてくれた地域の人たちの手作りの小さなお祭りである。

 そんな沢入駅は足尾線開業当初の風情を残す駅で、プラットホームは1912(大正元)年、待合所は27(昭和2)年と29(同4)年に建てられており、他の鉄道施設とともに2009(平成21)年に駅舎や橋梁(りょう)・トンネルなど38の鉄道施設が国の登録有形文化財に指定されている。 観光ガイドのルート作りをしている私たちであるが、わたらせ渓谷鉄道に乗って全ての登録有形文化財を見て回るだけでも、魅力的なコースになるのではと考えている。

 沢入駅の上り下り両プラットホームに建つ待合所は味わいのある木造の待合所であるが、そんな待合所でのあじさい祭りの時の出来事であった。 一人の老婦人が待合所の中で、涙を流しながら外の風景を眺めていた。しばらく近づけなかったのであるが、時をおいて話し掛けてみた。老婦人のお年は90歳に間もなく届く年齢であった。この沢入の地で生まれ育ち、楽しい幼少期を過ごしたのだそうだ。しかしながら事情があってその後、家族と離れ、この地を後にしたそうである。幼い少女は、沢入が恋しくて何度か家出をしては、また戻されたと、静かに頬をぬらしながら私に話してくれた。

 おそらく80年近い年月が流れているのであろう。その昔、沢入を離れる時に立ったプラットホームも待合所も、そして故郷の山々も老婦人にとってはその時のままなのだろう。そして離れ際にこう言って去って行った。「私の思い出の場所を、こんなにきれいに残しておいてくれて、ありがとうございます。来られたらまた来ます」と。

 国の登録有形文化財という言葉の響きから、あまり人のぬくもりや生活感のようなものを感じ取ることができなかった私は、この時見直させられた。長い歴史を見守りながら、多くの人の人生に関わってきたから価値のあるものとして存在し、これからも存続していくのであろうと。

 デスティネーションとは「最終目的地」と訳すそうであるが、あの老婦人は最終目的地に80年の時を経てたどり着いたのではないだろうか。彼女のデスティネーションに遭遇できた私も幸せな気分を味わうことができた。






(上毛新聞 2011年8月1日掲載)