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古書店経営  樋田 行夫(前橋市岩神町)



【略歴】前橋高、法政大学法学部卒。東京・高円寺都丸書店にて古本屋修業。帰橋後、実家の大成堂書店で群馬の古本屋を学ぶ。1977年、大閑堂書店開業。


古書店の役割



◎次代へ引き渡す至宝も




  印刷物で現在、世界最古と確認されているものは「百万塔陀羅尼」である。

 奈良時代の770年、藤原仲麻呂の乱の後、称徳天皇が鎮護国家と除災を祈念するために「無垢浄光陀羅尼経」に記される陀羅尼を、幅4・5センチ長さ15センチから50センチほどの紙に印刷し、高さ21センチほどの三重の塔に納めたものである。

 また和装本では「奈良絵本」と称される物語集がある。室町時代から江戸時代中期にかけて制作され(これは町衆と呼ばれる商業資本家の勃興と隆盛に大いに関わりがある)、見開き2ページの絵は朱線など鮮やかな色彩と金・銀箔・泥が使われる華やかなものである。奈良興福寺周辺の絵仏師が作ったので「奈良」の名がつけられたとの説がある。

 30年ほど前、古本業者間の大規模な交換会(市場)で、2品の実物を見る機会を得た。

 古本屋は印刷されたものを扱うというが、日本の至宝をこの業界は扱うのかとの感を抱いたものである。もちろん、当店が扱えるシロモノではない。

 一般的に扱うものとしては単行本、文庫本、新書判などの洋装本や、明治時代ごろまで、商家で取引の価格や数量の状況を記載した帳簿で美濃紙や半紙を一綴(つづり)した大福帳。正月に一家で楽しんだ双六(すごろく)。北ではなく西が図の上に位置し、道路に面している入口から建物の名が描いてある江戸図。

 古い地図を読めば往時の姿が浮かんでくる。ちなみに、前橋市では1965年から67年に行われた住居表示により、慣れ親しんだ39町名がなくなり、町区域は変更になったものの本町、紅雲町、国領町、岩神町の4町名がかろうじて残った。旧町名を何らかの標識で旧町域に表示できたら昔をしのぶよすがになると思う。

 大正から昭和にかけて描かれた吉田初三郎の鳥瞰(ちょうかん)図はデフォルメされた構図も面白く楽しめる。

 絵はがきは観光名所ではなく、時代により変わってゆく町並みや建物等があるものや手彩色を施したものなどが面白い。

 明治・大正・昭和時代の雑誌、芸術性豊かなものから企業広告(赤玉ポートワインやヱビスビール)、航空ショーの催事、観光などの各種ポスターやチラシの類等々を扱っている。以上のものは通常店頭には置かれずに、古本即売会場に飾られることが多い。

 以上、ほんの一端を記したに過ぎない。鎮護国家の目的から個人の趣味の対象として誕生し消えていった印刷物。山頭火ではないが“分け入っても分け入っても印刷物の山”を引き受けて次の時代に引き渡していくのも一つの役割である。古本屋稼業は本を集めて売って、そして消え去ってゆくものと思っているが。







(上毛新聞 2011年9月2日掲載)