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医師  中嶋 靖児(前橋市広瀬町)



【略歴】群馬大学医学部卒。国立病院などの外科勤務を経て、前橋広瀬川クリニック免疫治療部長。主な著書に「がんが進んでしまっても長生きはできる」(ごま書房新社)。


病は気から



◎心で変わるがん生存率



 手術不可能ながん患者や、手術後がんが再発してしまった患者の治療をしていますと、「あとどのくらい生きられますか」などと診察のたびに尋ねる人がいます。そのような人は検査値の一つ一つの上下に一喜一憂し、ほんの少し結果が悪くなっただけで話ができないほどに落ち込んでしまいます。このように自分の病気を必要以上に心配する人は、どうもがんの進行が速いようです。

 がん患者の精神状態によって治療成績がどのような影響を受けるかを調べた研究が、イギリスの科学雑誌「ランセット」に発表されました。そこでは、乳がんで手術を受けた大勢の患者を精神状態の違いでグループに分け、そのグループごとの生存率を調べています。

 欧米ではがんは本人に直接告知します。もちろん、告知された本人は強い衝撃を受けることでしょう。その動揺した精神状態を心理学専門士が1年間にわたって観察し、精神状態から見た患者のグループ分けを行っています。

 そのようにして調べた結果、がんの告知で絶望してしまったグループの手術5年後の生存率は20%に満たなかったといいます。すなわち、絶望してしまった患者の約80%が手術後5年以内に死亡していたのです。

 ところが、がんと告知されても、そのがんを否認したり、または、がんと闘おうとする人のグループの術後5年生存率は約90%であったといいます。すなわち、そのような人が手術を受けたあと5年間で死亡した人は、たったの10%に過ぎなかったというのです。

 もちろん、絶望してしまった人の中には、手術はできても病状の重い重症の人も含まれていたことでしょう。しかし基本的には、この調査は病気の重い軽いの重症度には関係なく、患者の精神状態だけでグループを分けています。しかも、この調査には治療を担当した医師は関与していません。その上、治療成績は極めて客観的な指標である患者の生死で判定しています。その結果、このような明らかな差が生じていたのです。精神状態が治療効に及ぼす影響は絶大で、私たちの想像を越える大きさであることを示しています。

 実際に医療の現場では、がんに負けないという気持ちを持ち、常に前向きに事にあたる患者ががんを克服し、初めからがんで絶望してしまった患者との間に大きな生存率の差があることは以前からよく知られていました。たとえがんにかかったとしても「私は治るんだ」と思っている患者と、「もうだめだ」と思ってしまっている患者とでは、がん細胞の増殖速度まで大きな違いがあったのです。

 昔から「病は気から」といいますが、それは病にかかるときばかりではありません。病を治すときも同じであったのです。






(上毛新聞 2011年9月19日掲載)