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自然学舎「どんぐり亭」亭主  加藤 久雄(高崎市元島名町)



【略歴】新島学園高、同志社大文学部卒。高崎豊岡小教諭、樹木・環境ネットワーク協会員、グリーンセイバー・マスター。著書に『どんぐり亭物語』(海鳴社)。


「今」を愛すること



◎毎日を丁寧に生きよう



 これまでにたくさんの不登校の子供やその親たちに会ってきた。そして、分かってきたことがある。

 彼らの多くは、「今」を生きられないでいる。過去の後悔か未来への不安、いつもその虜(とりこ)になっている。人は本当は「今」しか生きられない。なのに、今ここにいられない人たちはさぞやつらいことだと思う。 ある生徒指導の専門家にその話をした。その方はおっしゃった。「私は、喫煙や万引をした子の指導は自分の思いをその子に通す自信があるんです。でも、不登校の子には、なかなか思いが通らなかった。その理由が分かりました」

 体は目の前にあるが、心は「今」ここにない子に言葉を通すことはできない。

 だからまず、その心を今に引き戻すことが必要になってくる。方法は数多くある。ある子は、ハッカの匂いがきっかけになって、学校に行き始めた。またある親は、シュタイナー教育で使われるライアーという竪琴を聴き、泣き出して、今に戻ってきた。スマイルリフティングという体操や整体も効果があった。嗅覚や聴覚、触覚、味覚に良い刺激を通すことは、「今」に戻る道を開いてくれる。

 青森県に佐藤初女さんというおばあちゃんが住んでいらっしゃる。元小学校教員だったその方のもとへ日本中から、心に闇を抱えた人々が押し寄せる。彼女はそういう人たちに心を込めた、祈りを込めた家庭料理をもてなす。自殺を決意した人が佐藤さんのおにぎりを食べて、心を癒やされ、生きる希望や勇気を取り戻した。目に見えない生命力を感じようとしない人には信じられない出来事だ。

 佐藤さんの日常を撮り続けた映画を見て、その理由が分かった。例えば、撮影スタッフにフキノトウをごちそうする時にも、木の枝で周りの雪を優しくどけてから、そっと掘り出す。漬物が「石が重たい」といっていると真夜中起き出して、石を替えてやる。それはただの食材ではなく、われわれと同じ心を持った命だから。仕草全てが愛情にあふれていた。小さな所作が本当に無駄なく美しく丁寧であった。

 こうやって作り出される祈りが込められた食に心を動かされない人はいないだろう。誰もが佐藤さんになることはできない。しかし、佐藤さんの所作から気づき、学ぶことは誰でもできる。自分の周りにいる人たちのために、自分なりに毎日を丁寧に、「今」を大切にして生きることはできる。 子供に食事を作り、家を掃除し、仕事に行く。そんな当たり前の時間の中で、われわれは「今」に立ち向かう勇気を心に育てている。その一つ一つの所作を丁寧に、思いを込めることで、今を愛することができる。不登校の子たちや佐藤さんが教えてくれたことは、傷ついた日本が立ち直る最良の方法だと僕は思う。





(上毛新聞 2011年10月3日掲載)