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座繰り糸作家  東 宣江(安中市鷺宮)



【略歴】和歌山県出身。嵯峨美術短期大学テキスタイル(京都)卒。2002年来県。碓氷製糸農業協同組合(安中)で座繰りを学ぶ。07年から養蚕も行っている。


上州座繰りの技術



◎歴史踏まえて伝承を



 今回は、本県にまつわる「座繰り」について書きたい。

 「座繰り」とは繰糸方法の一種で、主に繭から生糸をつくる場合に用いる。その道具を座繰り器といい、大きくは2種類に分かれる。ベルト車で動く奥州式と歯車を組み合わせて動く上州式だ。上州式の発祥は江戸時代の末期とされる。その造りは歯車を組んだ頑丈なもので回転に力がある。そのため、ほぐれづらい繭や玉繭を生糸にできるのが特長だ。上州座繰り器は幅広く普及したため、今でも全国の資料館でよく目にする。

 上州座繰りの繰糸方法は、まず左手で座繰り器のハンドルを回して動かす。座繰り器の正面には繰糸用の鍋が設置され、その鍋で煮た繭を右手に持ったもろこし箒で引っかけ寄り付けてゆく。その糸は弓という部分で一本の生糸としてまとまり、鼓車を通って糸枠に巻き取られるという具合だ。 私が住む西毛では、明治時代に座繰りが盛んに行われた。改良型の上州座繰りによって組織的に輸出生糸を製造していたのだ。改良型の上州座繰りは、器械繰糸の技術を既存の座繰りに応用したような方法であったが、残念ながら途絶えてしまっている。私は今、改良型の上州座繰りに興味を持っていて、明治時代の座繰り技術を研究しているところだ。

 群馬県全体を見渡すと、赤城山南西麓に座繰りがわずかに残っている。それも、職業として継承されているのだ。その形態は、糸繭商が技術を持つ引き手に原料繭を渡し、できた生糸を買い取る内職仕事だ。この糸の魅力は原料繭と引き手の技にある。原料繭は幾つかのランクに分けられる。上質の繭だけでつくれば本糸という上等の生糸になるし、玉繭などのほぐれづらい繭を使えば節のある生糸になる。糸繭商は各引き手の技や癖、顧客の好みを考えて原料繭をブレンドする。そこから生まれる生糸には独特の表情と風合いがある。この塩梅(あんばい)はたやすくまねることはできない。

 西毛地域では途絶えてしまった座繰りが、赤城山南西麓で残ったのはなぜだろうか。その要因の一つは、手技でしか作り出せない個性を持った糸だったからではないかと思う。そのことは改良型の上州座繰りが技術の進歩によって器械に代わり、現在の自動繰糸機へと変貌して行ったことからもうかがえる。

 しかし、今いたずらに個性的な糸をつくることがよいということではないだろう。群馬県にある上州座繰り器とその繰糸技術は、他に類を見ない歴史あるものだからだ。職業として担うことは難しいが、専門的な技術や知識が衰え、趣味の世界に片寄ってしまうことは避けたい。今、そこを意識して伝承してゆく必要性を感じる。






(上毛新聞 2011年10月30日掲載)