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◎感性で作品を楽しんで 8カ月前、3月11日のあの時間、私は美術館にいた。部屋で来客と話をしている最中、突然大きな震動がおこり、目の前に置かれていた茶わんが跳ね上がるようにして倒れた。その尋常ではない揺れ様に危険を感じ、すぐさま職員とともに来館者を安全な場所へ避難させることに努めた。私はこれまで、美術館へ人がなかなか足を運んでくれないなどと大いに嘆いてきたが、この時ばかりは来館者が少なかったことに感謝さえしたいほどであった。ちなみに、今回の地震で当館は、幸いにも人的にはもちろん美術作品や施設にも何ひとつ被害はなかった。 さて、現在当館では特別企画展として「松本竣介とその時代」展(~12/11)を開催中である。言うまでもなく松本竣介は当館コレクションの中軸画家であり、また来年が竣介の生誕100周年にあたることもあって、昨今は、熱心な竣介ファンに美術館へ足を運んでいただいている。これを機会に当館への来館者が多くなってくれればうれしいのだが、現実は相変わらず厳しいと思っている。なぜなら、いまだわが国では、ごく一部の美術家や愛好家を除けば、一般的には美術館や美術に親しもうという気風がうすく、依然として美術館は堅苦しいところと思われているからである。経済最優先の国柄、どうすれば美術館へ足を運んでもらえるようになるかは、なかなか難しい課題であるが、さりとて人集めだけを目的にしたイベント等はしたくないというのも偽らざる心境である。 もう何年も前になるが、私にとって美術界の先輩であり、友人でもあった故・中山公男さん(元県立近代美術館館長)が「美術館はただ作品を展示して、来館者が見ておしまいというのでは将来はない。美術館へ来たら、自らも作品を制作したり、講演会はもちろん音楽を聴いたり、しゃれたレストランでおいしい食事も出来るようになれば、自然に人が集まるようになるはずだ」と語っていた。 たしかに、いまやレストランが自慢であったり、美しい景観が評判の美術館さえ見られるようになっている。美術館が単に作品を鑑賞する場所にとどまらず、いっときでも魂を遊ばせることのできる楽しいところとなれば、多くの人が美術館を訪れてくれるようになるであろう。 少なくとも美術館は知識を得るための施設ではない。動機はどうあれ、美術館で絵を見て感性で美術を楽しむという意識が生まれればいいのである。いい作品が展示されていたらいいなと思えばいい。それがきれいな作品なら、きれいだなと思うだけでいいのである。美術館が知的施設としての品位を失わず、街の娯楽施設のようにだれでもが気軽にやって来て楽しめる場所となれば理想的だと思っている。 (上毛新聞 2011年11月10日掲載) |