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◎生き物と寄り添う環境 一瞬、耳を疑いました。それは東京都葛西臨海水族園オープン当日のこと。当時担当していたマグロ水槽の前で、観覧者にマグロがどんな反応をするか観察していた時の出来事でした。 お父さんに肩車されていた子どもが目の前を泳ぐマグロの群れを興味深そうに目で追っていた時、お父さんが「マグロがたくさん泳いでいるね」。ごく普通の言葉でした。その後に驚くべき返事が。「お父さん、これはお刺し身じゃないよ、お魚だよ!」。 一瞬言葉を失ったお父さんが周りを気にしている様子がすぐに分かりました。その子はいたって楽しそうに水槽にくぎ付けでした。「そうだね…」。お父さんのその後の言葉は聞き取れませんでした。この体験で、子どもたちを取り巻く環境が生き物と寄り添っていないことを痛感しました。 私は町田市の出身です。当時は裏山があって、キツネもタヌキもフクロウだって見ることができました。今だから言えますが、親戚が来ると、裏山にいたコジュケイを捕まえてさばくおやじの傍らで、それをじっと見ていました。おやじは戦争で大田区から当地に移り住み、養鶏場を営んでいましたが、廃業してサラリーマンでした。そのころの腕前は健在でした。 生きるものの命をいただいて食べる、そんなことが普段の生活で染み付くのでしょう。全部食べろとよく言われたものです。そして雑木林の手入れをしていました。下草を刈り取り、落ち葉を集める。手入れの行き届いた林の中では春になるとカタクリが咲き、夏になるとたくさんのカブトムシがいました。 物はありませんでしたが、ある意味、博物館の中にいたようなものです。動物園や水族館を訪れる子どもたちは目的意識をもって、その生き物を見にやってきます。見た気にはなるが、生活ぶりや人との関わりがわからない。 前橋市の朝倉小学校校庭にはビオトープがあります。10年ほど前、当時の校長先生から声がかかり、環境教育を取り入れてほしいと相談がありました。通り一遍の授業では生き物のことを知ることはできても、わかることはできない。生活の一部に取り入れられる環境も子どもたちと一緒に作っていけるならと承諾しました。 水辺のビオトープは業者に頼みましたが、水族館時代の技術が役に立ちました。草原、裸地、林、畑のビオトープは子どもたちと作りました。ドングリは近くの古墳に落ちているのを拾ってきました。水生植物は近くの田んぼから、生態系にも配慮して周辺の物を入れ、クロメダカも地元産を維持しています。 子どもたちが親の手を引いてビオトープの生き物を見に来る姿は、昔見た光景を思い出します。 (上毛新聞 2011年11月11日掲載) |