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前橋地裁所長  三好 幹夫(前橋市大手町)



【略歴】鳥取県米子市出身。名大院修了、1975年に司法試験合格。最高裁調査官、司法研修所教官、東京地裁刑事所長代行者などを経て2011年5月から現職。


裁判員制度の課題



◎生き生きとした法廷に



 裁判員制度は国民の皆さまの高い意識に支えられて順調に出発し、3年目を迎えています。県内では、今年10月末現在で合計1396人が候補者として前橋地裁までお越しになり、うち369人が45件の裁判員裁判に、裁判員または補充裁判員として参加されました。皆さまの熱意には本当に頭の下がる思いです。心より厚く御礼を申し上げます。

 国民参加の面では申し分のない裁判員裁判で、各方面から「うまくいってますね」と言われるのですが、このごろ「そんなこともないですよ」と返すことが多くなっています。裁判員の方々には何も問題がないのですが、私たち法曹の側に多くの課題があり、決して満足すべき状態にはないからです。「分かりやすくなった」とよく言われますが、それは裁判員制度施行前の裁判との比較においてだと思います。国民参加が始まった今、それは当然であり、それだけでは誇るに足りません。現状をみると、制度の準備過程で議論し、何度も模擬的に実施し、理想として描いた刑事裁判の姿とはかけ離れたものになっているのではないかという強い危機感を持っています。

 何よりも、公判審理の実際に問題があるようです。最近の法廷では捜査書類の朗読が何時間も続き、主張の陳述も争いのない簡単な事件でも詳細な書面が利用されているというのです。もともとわが国の法曹には口頭よりも書面を尊重する傾向が強いのですが、ここに来て、長年慣れ親しんだ書面に戻ろうとする傾向が出てきたようです。

 裁判員法廷を生き生きとした真相解明の場とする、これが課題です。法廷は検察官と弁護人の対決の場であり、証人から有利な証言を引き出し、あるいは不利な証言を突き崩すというせめぎあいの中で、証人に真実を語らせ、真相に迫る場なのです。犯罪事実に争いがなくても、性犯罪等は別にして、証人には裁判員の面前で、数十分程度の簡にして要を得た尋問に答える形で出来事を直接に語ってほしいと考えています。そうして初めて生き生きとした法廷が実現するのです。

 ところが、現状は法廷における証人の生の言葉ではなく、その人の警察調書等の読み上げが延々と続いているというのですから、私たちが裁判員制度に託した口頭による直接審理という理想とはほど遠い運用が行われていることになります。裁判員経験者へのアンケート結果をみても、争いのない事件においてさえ、理解のしやすさが低下してきています。その原因は、どうやらこの書面依存という点にあるようです。

 裁判所では、法廷のこの現状をどう正すか、真剣に議論しています。制度を定着させ皆さまの熱意に応えるには、法廷の原点に立ち戻り、生き生きとした審理を実現する必要があり、その責任を痛感しています。







(上毛新聞 2011年11月19日掲載)