視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
.
INOJIN工芸倶楽部代表  井上 弘子(桐生市境野町)



【略歴】東京都大田区出身。筑波大芸術専門学群卒。同大学院を修了。在学中に陶芸を学び、県美術展や日本現代工芸美術展など入賞入選多数。工芸教室講師で工芸家。


モノ作りで心豊かに



◎作る喜びと使う楽しみ



 最近見たテレビ番組の特集で、メールやツイッターを即座に返すために、携帯電話を四六時中いじり、入浴中でも手放せないでいる人たちのことを知りました。人間が便利になるために開発された道具に、逆に人が動かされているという印象を受けました。私もたまにパソコンに熱中して、気が付くと何時間もたっていたということがあります。こんな時、後になって疲労感を覚えます。それに対し、同じくらいの時間をろくろ成形や手織りに費やした時は、身体は疲れていても心は充実感に満ちているように感じられます。実際に出来上がった成果が目に入るから満足するのかもしれません。

 今の世の中は、お金を出せば大抵の物は手に入ります。昔は欲しい物が売っていないから、自分の手で作り出さなくてはならなかったのでしょう。ですから、昔と今の「モノ作り」は少し感覚が違っています。今は、心の豊かさを求めてモノ作りをする人が多いのではないでしょうか。私は物心ついたころから、何かしら作ることが好きでした。学生時代にも陶芸と染織を学ぶ機会を得て、長じて工芸に携わるようになれたことは幸せなことです。衣食住という人の暮らしの中で育まれてきた工芸には、作る喜びだけでなく、使う楽しみがあります。

 私が開いている教室に通ってくださる生徒さんの話を少し紹介させてください。Mさんは教室で作った器を息子さんが経営する飲食店で使っています。それがとても素敵なのです。何ともいえない味があって、料理を盛り付けると生き生きとしてきます。長年、調理に関わってきた人なので、センスが備わっているのでしょう。その息子さんはMさんの教室の月謝や土代をいつも負担しているだけでなく、一度、教室の他の生徒さん全員と私まで太田の店に招待してくださったことがありました。喜んで作品を使ってくれる人の存在が、モノ作りを続けていく上でどれだけ励みになるのか実感できた楽しい一日でした。モノ作りを通じて、交流の輪が広がるのはうれしいことです。

 生徒さんの中には、介護や多忙な仕事の合間に訪れてくださる方もいます。ろくろを回したり機を織ったりすることで、気持ちが落ち着き元気になれると言います。何かに没頭できる時間があると、心の切り替えがうまくできるのでしょう。あなたも実際に手を使ってモノを作り出す作業をしてみませんか。もしかしたら、自分の楽しみの他に、周囲の人にも使う喜びを分けてあげられるかもしれません。震災後、何となく元気のない状態が続いています。被災地の方々が趣味の時間を持つことはまだ難しいかもしれませんが、誰もがモノ作りを気軽に楽しめる時が早く来ることを願っています。








(上毛新聞 2011年11月21日掲載)