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県立自然史博物館学芸員  姉崎 智子(富岡市上黒岩)



【略歴】神奈川県出身。慶応大大学院博士課程修了。史学博士。京都大霊長類研究所研究員などを経て、2005年4月から現職。専門は野生動物の保護管理。


本物に触れて観察



◎自ら考え答え出す力を



 「本物に触れて、観察し、生徒一人一人が、じっくりと考えられるような授業を行いたい」。今年度、とある中学校の教頭先生より、ご依頼をいただきました。

 学校で教わる「動物の体のつくりと運動」の単元では、動物たちがどのように生命を維持し、暮らしているのかを学びますが、その基本は対象を観察することにあります。「どうしてだろう、なんでだろう」。自分で観察するなかで、多くの疑問を感じ、考え、突き詰め、自ら答えを導きだしていく。科学的思考の基礎を身につける大切な場になります。しかし、現実には、頭の横に目がついていたら? 草食動物。前についていたら? 肉食動物。といったように、観察を行う前に、即答されてくることが多々あります。このような時に思い出されるのが、ベルツの言葉です。

 日本の近代医学の父として知られ、群馬とも関わりの深い東京大学医学部教師のヴィン・フォン・ベルツは、日本在留25周年記念祝賀会(明治34年11月22日)のあいさつで「…彼ら(お雇い外人教師)は(西洋科学の)種をまき、その種から日本で科学の樹がひとりでに生えて大きく育ち、絶えず新しい、しかも美しい実を結ばせようとしたにもかかわらず、日本人は西洋科学の『成果』のみを彼らから受取ろうとしたのであります。最新の成果を引き継ぐだけで満足し、この成果をもたらした精神を学ぼうとしないのです」と述べています(ベルツの日記より、一部抜粋)。

 自然史博物館では年間、多くの野生動物を分析し、現在の群馬の自然を語る標本として収蔵しています。彼らは生きた証拠であり、その生活はもちろんのこと、命の大切さを語る「語り部」でもあります。先述した中学校の授業では、担当の先生を中心に、7種類の野生動物の筋肉や骨標本を観察し、どのような動きができるのか、そして、どのようなくらしをしているのかを自ら考え、突き詰めていく実習を行いました。

 はじめは、「気持ちわるーい」「こわーい」「くさーい」と言う生徒がみられましたが、しばらくすると「すごい」「そうなんだ」「こうなってたんだ」「おもしろいね」へと意識が変わっていく姿に、ベルツが伝えようとした西洋科学の精神の萌芽をみたような気がしました。

 これからの未来を担う彼らは将来、どのような花を咲かせ、実を結ばせるのでしょうか。自然界は解明されていない事象ばかりです。同様に、私たちの社会も解決しなければならない課題にあふれています。自らのからだで観察し、多くの情報を整理し、真実を突きとめる力は、自然科学を追求するだけでなく、彼らの未来を切り開く力へとつながっているはずです。






(上毛新聞 2011年12月3日掲載)