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静岡大人文学部教授  布川 日佐史(静岡県沼津市)



【略歴】ブレーメン大客員教授、厚労省「生活保護の在り方に関する専門委員会」委員などを歴任。雑誌『貧困研究』(明石書店)編集長。館林市出身。


貧困との闘い



◎予防と是正が緊急課題



 静岡の研究所が、県内4700世帯からの回答をもとに、生活にこれだけ必要という金額を積み上げ方式で推計しました。若年単身者では税込み年収285万円必要、50歳代で子どもを首都圏の公立大学に行かせている4人世帯では世帯年収が税込み808万円必要という結果でした。埼玉では、若者はほぼ同額ですが、50歳代4人世帯では静岡より高めの結果が出ています。普通の生活をおくるのに最低これだけは必要という必需品を市民参加で決め、「ミニマム・インカム・スタンダード」(最低所得基準)を算定する試みも各地で始まりました。

 これらの結果から明らかなのは、現在の最低賃金や生活保護ではこの最低基準を満たせないということです。先にあげた若者の必要額を時給に直すと1360円(月174時間労働)になります。群馬県下の最低賃金690円のほぼ倍です。

 OECD加盟国共通の貧困基準である「相対的貧困線」(すべての国民を所得順に並べ、ちょうど真ん中になった人の所得の半分の額)は年125万円です。この基準に満たない貧困状態の人が16・0%、2040万人います(2009年)。注目すべきことに、貧困かどうかの分かれ目である貧困線は1997年をピークに低下し始め、09年までに24万円下がりました。低くなる貧困線よりも一層低いところにますます多くの人が落ち込んでいます。中流層が崩れだしています。現代日本の貧困拡大の特徴と深刻さが現れています。

 1990年代末から貧困の拡大、中流層の減少という同様の事態に直面したヨーロッパ先進国は、貧困との闘いを掲げ、二つの課題に取り組んできました。

 第一の課題は、すでに貧困に陥った人に最低生活を保障しつつ、貧困から脱却するのを支援することです。第二の課題は、貧困に陥るのを予防し、貧困・格差そのものを是正することです。日本では、貧困との闘いがまだ明確な政策課題になっていませんが、こうした中で、生活保護受給者が増加し、200万人を超えました。これは、貧困に陥った人に最低生活を保障し、貧困からの脱却を支援するという貧困との闘いの第一の課題における一定の前進です。ただし、国民の16%、2040万人が貧困という状態と比べると、生活保護受給者は増えたとはいえ1・6%、206万人であり、貧困をカバーできていません。

 貧困線が下がりながら貧困が増大している日本の現状では、貧困との闘いの第二の課題、貧困の予防と貧困の是正という課題の緊急性、重要性がきわめて高まっています。野田首相が言う「厚みのある中間層」を作りだす施策の具体化が求められているのです。

 本年が貧困との闘いが進む年になるよう、切に祈っています。






(上毛新聞 2012年1月6日掲載)