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県がん患者団体連絡協議会企画委員  篠原 敦子(前橋市箱田町)



【略歴】前橋市生まれ。『光満つる葉月、切除』が第6回開高健ノンフィクション賞最終候補に。『その夏、乳房を切る めぐり逢った生死観』と改題し創栄出版より発刊。

乳房再建



◎治療の一部とする時代



 2006年の夏、乳がんを患い右胸を失った。そして今年の秋、乳房再建へと踏み出した。お腹(なか)の脂肪を血管ごと胸に移植する方法だ。「穿通枝(せんつうし)」という0・5㍉ほどの血管を顕微鏡を使って縫い合わせる困難な術式である。筋肉は取らないので運動機能は侵されず、仕上がった胸は半年もすれば違和感がなくなるという。

 しかし術後48時間の絶対安静、退院後の厳しい自己管理など、それなりに覚悟を強いられた。

 乳がん切除の後、その傷跡は温存、全摘にかかわらず変形する。私の場合も次第に鎖骨の下から落ちくぼみ、肋骨(ろっこつ)が前面に出てきた。

 つまり今回の再建は胸のふくらみを取り戻すだけではなく、すべての欠損に脂肪を埋めてゆく容易ならざる形成手術だった。10時間かかると話すと「バカなことを」と驚く人もいた。

 しかし左右のバランスを欠いた体の不自由さは外から見えない。右肩の奥に重い鳥がもぐり込んでいるかのようで、肩こり体操をするとバリバリ羽音をたてる気がする。よろめくこともしばしばだった。カフェの外階段を踏み外してコンクリートに頭を強打し、救急車で運ばれるという経験をして、私はいよいよ再建への意思を強くした。

 手術当日、朝の8時半から麻酔がかかり、「終わりましたよ」の声が聞こえた時には深い沼の底から引き上げられたような感覚があった。すでに夜中の0時だった。心臓に血液を送り返す静脈が弱かったのだ。足の甲から7本の静脈を移植して血流を確保し、脂肪壊死(えし)を防いだという。

 ひょっとして「再手術」か?看護師が1時間おきにドップラー聴診器をあて、再建部の血流音を確認する。胎児の心音に似ているが、時には消え入りそうだ。「お願い、流れて」と懸命に祈った。夜明けには、疾走する馬をむちうつような力強い血流音が、病室に響き渡るまでになった。

 オペ室での鬼気迫る光景を想像し、私は15時間ぶっとおしで施術してくれた主治医の体調が心配だった。が、翌朝の7時に「よくがんばりましたね」とベッドサイドでニコニコしているのを見て、人間離れした気力、体力に驚嘆した。

 その病院へは全国から患者が訪ねてくる。私は手術の順番を1年半待った。

 10日間の入院で費用は約136万円。しかし自家組織の乳房再建は医療費助成の対象になる。食費、個室代は別としても、医療のみの請求は9万円程度だ。

 乳房再建への偏見は未(いま)だ根強い。「命さえ助かれば」との声はよく聞かれる。しかし乳がんが急増している今、再建を治療の一部として重要視する時代は到来している。その枠の中で再建を拒み傷跡を闘病の証しとして誇るなら、それは偏見ではなく、患者主体性によるべきではなかろうか。






(上毛新聞 2012年1月10日掲載)