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帝国データバンク太田支店長  西村 泰典(太田市飯田町)



【略歴】宮城県塩釜市生まれ、東京都大田区育ち。神奈川大卒業後、帝国データバンク入社。業務部や人事部、調査部、広島支店情報部長などを経て2011年3月から現職。


人手不足を考える



◎学生に長期就労義務を



 帰り支度を整え、事務所の明かりを消そうとした時、「すいません、遅くなりました」と、宅配のお兄さんが事務所に飛び込んできた。いつもの集配時刻より遅れること1時間半。「今日は随分遅いねぇ」と声をかけると、「人手が足りなくて…」と、申し訳なさそうにしながらも、テキパキと書類を処理していく。年末で荷物の取扱量が増えているところに、人手不足が重なって、うまくシフトが組めなかったらしい。こちらも書類の発送はいつも事務の女性に任せっきりにしていることもあり、ついうっかり事務所を閉めてしまうところだった。荷物を脇に抱え、慌ただしく次の集配場所に向かう彼の背を見ながら、あらためて人手不足の4文字が頭に浮かんだ。

 そういえば、当地を代表する富士重工も増産体制を維持するための期間工が思うように集まらず、生産現場では人のやりくりに四苦八苦しているという話を耳にする。また、新設の生産ラインを立ち上げるため、工場に入った裏方さんたちも地元の業者だけでは人手が確保できず、一部は東海方面からの業者を確保するなどして、なんとか納期に間に合わせたと聞いている。

 東日本大震災の被災地でも補正予算の成立を受けて復興事業が本格的に動き出したが、意外にも人手不足を理由に公共工事の入札を見送る会社があるそうだ。宮城県では応札企業が現れずに入札が不調に終わるようなケースも出ているとか。業界では人手不足の玉突き現象が起きており、被災地だけの問題ではなく、当地でも下請け業者の確保ができず、工事が遅れるなどの見込み違いが起きているようだ。

 景気が悪くリストラで職を失ったというような話をよく耳にするが、半面、あちらこちらから人手不足で困っているという話も聞こえてくる。労働市場のミスマッチなどと一言で片付けてしまう人もいるが、事態は思いのほか深刻だ。

 当地の中小企業を回り、物づくりの現場を見て歩くと、人手不足がさまざまな場面で企業経営の重石となっていることに気付く。後継者難や技術者の高齢化問題などは、その最たるものであろう。また、現場ではアナログ的な技術の継承が進んでいないばかりか、ごく根本的な材料の持つ本質的な特性や製造工程に隠されたリスク回避の思想などが末端まで浸透せず、今までならあり得ないような事故やミスが発生しているとも聞く。

 国内の就労人口が減少する中、政府は人手不足を解消するため、女性のさらなる社会進出を考えているようだが、むしろ教育の一環として学生に長期間の就労を義務づけてみてはどうだろうか。物づくりの現場は人づくりの現場でもあるのだから。





(上毛新聞 2012年1月16日掲載)