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視点 オピニオン21
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仏師  関 侊雲(前橋市六供町)



【略歴】農大二高卒業後、富山県南砺市の仏師、斉藤侊琳さんに弟子入り。10カ所で教室を開設。著書に『彫刻刀で作る仏像』(スタジオタッククリエイティブ)など。


家族といる幸せ



◎普通の生活とても大切



 知人の紹介で4年前から東京都でスペシャルオリンピックスアスリート(知的発達障害者)の方々へ仏像彫刻や木彫刻の指導を行っています。彫刻を通してアスリートやご両親の方々と触れ合う中で今まで忘れていたり、気づくことのなかったさまざまなことを教えていただきました。彫刻をしている真剣なまなざし、出来上がった際の素晴らしい笑顔、そして何よりも、ご両親との深い絆に感銘を受けました。

 それまで、仏師とは仏像の制作や修復をすることが何よりも使命だと考えていました。しかし、指導をさせていただく中、親子で楽しそうに時間を過ごされている様子を拝見し、今では彫刻を指導することも仏師にできる素晴らしい使命のひとつであると確信しています。

 私は、このご縁で初めて知的発達障害者の方と触れ合うことができました。その中で、ご家族がとても素敵な笑顔で明るくされていることを知りました。日常、ご苦労が多い中、前向きに強く生きている姿勢に私は身が引き締まる思いがしました。困難を受け入れ、家族で乗り越えていく。そんな固い絆で結ばれてこそ家族の本当の幸せがあるのだと思います。

 東日本大震災では大勢の方々が一瞬にして大切な命を失いました。信じがたい状況を目の当たりにして人生とはなんて無常ではかないものかと、今まで感じたことのない深い悲しみにさいなまれました。被災者の方々をはじめ、お身内やご友人を亡くされた方々の気持ちを考えますと、おかけする言葉もありません。また今日でもなお、二次的な被害で苦しんでいる方々へは一日も早く通常の生活が戻りますよう心から願っています。

 私が開いています仏像彫刻教室に通われている方々の中にもこの震災で亡くなったお身内や大勢の方々の供養にと仏像を制作している方がいます。仏像彫刻を指導することで、大きな悲しみを感じている方々のお役に少しでも立てるのであれば、これもまた仏師としての大切な使命であると思っています。

 近年、文明の発達で日常生活は物質で心が満たされているような錯覚を起こすことも多いかと思います。社会の合理化が家庭にも影響し、昔のようにゆっくりとした時間の中で家族が触れ合い、語り合うことが急激に減った結果、何か複雑な孤独感を抱く方も多いかと思います。

 昔から変わらぬ姿で残る多くの寺院や仏像に触れますと心が穏やかになり、とても心地よい安心感が得られます。今、人が人らしく生きていくためにはゆっくりとした時間をより大切にしていく必要があるのではないでしょうか。普段当たり前にある普通の生活がとても大切で尊いものだということをより実感して心から感謝したいと思います。





(上毛新聞 2012年1月28日掲載)