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県立自然史博物館学芸員  姉崎 智子(富岡市上黒岩)



【略歴】神奈川県出身。慶応大大学院博士課程修了。史学博士。京都大霊長類研究所研究員などを経て、2005年4月から現職。専門は野生動物の保護管理。


文化財レスキュー事業



◎漁業の町の“記憶”救う



 1月18日。私は、宮城県気仙沼市(旧唐桑町)の唐桑漁村センターにいました。文化庁による文化財レスキュー事業です。これは、大震災によって被災した文化財などを緊急的に保全し、資料の廃棄や散逸を防止するための活動です。当館からは、私で3人目の派遣となりました。

 レスキューには実に多くの方々が携わっています。今回の活動では、宮城県教育委員会、東北歴史博物館、仙台市科学館を中心に、大阪市立自然史博物館、北九州市立自然史・歴史博物館、新潟市歴史博物館、新潟大学等の学芸員や大学教授らが作業にあたりました。

 漁村センターは、津波による浸水は免れていましたが、強震で展示物の多くが破損していました。室内には、昭和初期に使われていたマグロ延縄(はえなわ)船のガス燈(とう)や赤貝曳(ひ)き、釣りざおなどの漁具や古民具のほかに、近海や遠洋漁業でとられたさまざまな魚類や甲殻類、貝類、哺乳類のホルマリン標本など、地元の方々が寄贈された貴重な資料が400点ほどありました。唐桑は遠洋漁業で栄えた町で、現在も漁業を産業の中心としています。有名なホヤの養殖は、昭和初期に唐桑で始まったといわれており、資料の中には当時の年代が記載された標本も確認されました。人によっては、古びた道具や色あせたり乾燥してしまった魚介類など、一見、価値のないものに見えるかもしれません。しかし、これらの標本や資料は、漁業の町のかけがえのない記憶そのものなのです。

 これらの貴重な文化財を一つでも多く救い出そうと、3日間をかけて、資料を運び出し、梱包(こんぽう)し、保管場所に搬送することを繰り返しました。ホルマリン標本は、多くが割れ、資料がむき出しになっていましたが、無事だったものについては、溶液を補充するなどしてから、梱包し、保管場所へと搬出しました。壊れた標本は、資料を瓶の中から取り出して梱包し、修復作業のため、仙台市科学館へと運びました。

 余震がいまだ続く中、今回のレスキュー作業は無事に終わりましたが、大変なのはこれからです。収集した資料がどのような状態になっているかを調べ、破損しているものについては修復し、保存していく地道な作業が、地元の方々の手によって続けられていくことになります。

 「作業には人手と専門知識が必要。助かりました」と、地元の担当者の方。「暖かくなったら、またお仲間をつれていらしてください。わたしら、がんばってるから。まだまだたくさん仕事あるから」。別れ際、お世話になった民宿のお母さんの言葉に、こみ上げてくるものを押さえるのがやっとでした。そしていま、専門職として最善を尽くしたのか、もっとできることはなかったのか、自問の日々が続いています。





(上毛新聞 2012年1月29日掲載)