,

視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
.
県自然環境調査研究会会員  谷畑 藤男(高崎市竜見町)



【略歴】群馬大教育学部卒業後、理科教諭として千葉、群馬の小中学校に38年間勤務。日本野鳥の会、県自然保護連盟、県自然環境調査研究会などに所属。



塩水飲む不思議なハト



◎奧多野歩き分布調べる



 アオバトは森林性の美しいハトである。主に果実やドングリを食べ、餌のなくなる厳冬期には暖地へと渡る。全国に生息するが個体数は少なく、分布は局地的である。県内では奧多野地域が分布の中心である。繁殖期には「オアオー」とうなるような声で鳴き、鉱泉水や海水を飲むという不思議な習性がある。

 1975年4月、上野村の小学校へ勤務することになった。上野村は神流川源流域に位置し、豊かな自然環境を有している。教員住宅をベースに、奧多野の山々を歩き、アオバトの分布を明らかにすることがライフワークとなった。アオバトの声を初めて聞いたのは同年6月の諏訪山。「オアオー」という鳴き声が、尾根から響いてきた。初夏の森で緑色のハトを探すのは難しいが、特徴あるアオバトの声は天丸山・叶山・赤久縄山・西御荷鉾山・北沢・十石峠等で記録した。

 76年6月、鉱泉水を飲みに飛来するアオバト80羽の群れを確認した。野栗沢奧の渓谷には岩間から鉱泉が染み出し、川岸に小さな水たまりを作っている。鉱泉成分は鉄分を含む含重曹食塩泉である。狭い谷の上空をアオバトの小群れが次々と横切り、岩陰の水場に吸い込まれていく。鉱泉水の吸飲は繁殖期から秋まで頻繁に見ることができた。

 純朴な子どもたち、親切な村の方々、そしてすばらしい自然。上野村の3年間は夢のように過ぎた。5万分の1地形図「万場」「十石峠」には、踏査した赤い線とアオバトを確認できた点が星座のように描かれた。

 アオバトを通じて遠方の研究者との出会いもあった。84年5月、日本野鳥の会小樽支部の佐々木勇支部長より返信が届く。氏は張はり碓うす海岸においてアオバトの海水吸飲行動を発見し、長年研究や保護活動を続けてきた。残念ながら氏は手紙をいただいた翌年、脳梗塞により他界された。「55年間アオバトにつかれて暮らしてきました」という熱い言葉が心に残る。

 98年8月、神奈川県大磯町を訪れた。砂浜から突き出た黒い岩礁が照ケ崎。波が打ち寄せる岩場に、アオバトの群れが西湘バイパスを越え飛来し海水を飲む。照ケ崎で観察や保護活動を熱心に行い、アオバトの生態や行動について多大な成果を上げている「こまたん」(こま探鳥会の略)の方々と合流する。会の斉藤常實さんとは長年、アオバトの情報を交換しており、初対面であったが旧知のように話が弾んだ。

 塩分供給地の存在がアオバトの生息に不可欠であることがわかった。しかし、塩水を飲む理由はまだ不明な部分が多い。アオバトの謎を探る旅はまだ続く。





(上毛新聞 2012年2月15日掲載)