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視点 オピニオン21
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映画監督  野田 香里(東京都世田谷区)



【略歴】東京都出身。学習院大卒。米国でMBA取得。海外生活を経て映画を撮り始める。著書に『ニューヨークからの採用通知』など、訳書に『ハンナモンタナ』など。


心動かす“竜の眼”



◎交流で味わう現地の食



 かむと、歯形がつきそうに太い。ずっしり重量のある、やわらかなのに角の立ったうどんである。大ざるの上の冷たいうどんは何本もからんだまま、ごっそり箸にくっついてくる。熱々のきのこ汁に浸し、すすったりかんだり飲み込んだりしていると、「もっと出そうか」。おかみさんが立ち上がる。「もう十分です」。皆で口々に制するものの、「熱いの、入れてあげるからお椀(わん)出して」と言われて汁のお代わりだ。おなかは爆発寸前である。

 3年前、初めて「黒いうどん」を知った。実際は黒ではなく、やや灰色がかった、沈んだ白濁色をしている。「地粉の色だよ。近くの農家から買ってくるから」。足で踏んで打つ。

 その黒いうどんを食べ損ねた。

 首を痛めて動けなかったその日、群馬からメールが来た。「今日は上三原田でいろいろおいしいものをいただきましたが、特においしかったのは都丸商店のうどんです」。高崎経済大学3年の青木君からだった。同大学では一昨年から年1回、地域政策学部の地域観光資源論(片岡美喜准教授)のクラスで、地域文化についてのゲスト講義を行わせていただいている。そのクラスで熱心に上三原田歌舞伎舞台の映像に見入っていたのが青木君だ。

 メールが来た日、渋川市の阿久津貞司市長、小林巳喜夫教育長も出席し、上三原田でお祝いがあった。本年度の高円宮殿下記念地域伝統芸能大賞支援賞を上三原田歌舞伎舞台操作伝承委員会が受賞したのだ。

 東京の私たちも声をかけられ、高崎経済大学からは2人の学生が駆けつけた。肝心の私がベッドに縛りつけられているのが悔やまれたが、「野田さんたちが来るからと、朝4時起きで、うどんを打ってくれていましたよ」。またうどんのメールである。胸が熱くなった。

 映画作りにあたって私の役割は、ひとりでも多くの上三原田ファンを作ることにある。そのために、一に映像、二に現地体験のお誘いと、各地で「上映&講演」を行ってきた。

 映像で見たものを現地で体験すると、驚きが感動に変わる。だが、それだけではまだ足りない。竜の眼(め)を絵師が最後に入れるように、どうしても必要なものが、あとひとつある。

 十年来通っている新潟県南魚沼市のしおざわ雪譜まつりでは、かまくらの中でお餅が振る舞われる。甘いショウガ味噌(みそ)を餅に塗り、ぷっとふくれたところを、火を囲んで皆でいただく。お店で頼むものではなく、現地の人々との交流でいただく食こそが、人の心を最も動かす竜の眼だ。 上三原田の都丸商店は食堂ではなく雑貨店である。お金で買えないうどんを食べた青木君は、必ずやまた上三原田に足を運ぶ。そしてファンになる。





(上毛新聞 2012年2月26日掲載)