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視点 オピニオン21
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醤油販売の伝統デザイン工房社長  高橋 万太郎(前橋市文京町)



【略歴】前橋高―立命館大卒業後、キーエンス入社。退社後、2007年に伝統デザイン工房を設立した。「職人醤油」のブランドで全国の老舗の醤油を販売する。


桶づくりに挑む



◎100年の時を刻む落書き



 「明治拾壱年三月一日」という書き出しの「落書き」は、解体した桶(おけ)の底板から出てきました。その続きは人の名前や米1升の値段だったり、書かれた当時は単なる落書きだったはずです。それを100年以上の時を超えて自分たちが見ていることに、ちょっとした興奮を覚えました。 今年1月、桶修業の1日目はこのようにして始まりました。大阪府堺市にある藤井製桶所は、日本酒や醤油(しょうゆ)などの仕込みに使う大桶を組むことができる数少ない職人集団です。ここに香川県の小豆島から醤油の造り手と大工がやってきて新桶を組み立てるプロジェクトが始まりました。 きっかけは、昨年秋の1本の電話でした。「桶をつくりに行こうと思うのですが、一緒にいかがですか」。電話の主はヤマロク醤油の山本康夫さん。昔ながらの木桶仕込みを守っている蔵人で、子どもや孫の世代にいかにして蔵や桶を残すかを常に考えています。

 ところが、考えれば考えるほど一つの不安が浮かび上がってきます。醤油を仕込む桶は100年以上使い続けることができます。ただ、桶の需要が急激に減少してしまった現代において、その修繕や補修、新桶を組むことができる職人が圧倒的に足りないのです。先の藤井製桶所も60代、70代の職人たちで、今後50年、100年後に桶の技術が受け継がれている保証は全くないのです。

 それならば、自分たちが技術をつなごうと立ち上がったのがヤマロク醤油で、地元の大工さんとともに修業にやってきたのです。

 技術は見て盗めといった職人の世界を感じさせるように、テキストも教科書も当然存在しない中で、人から人へと伝えられてきた技術です。ただ、今回は時間が限られているということもあり、手書きの手順書を用意してくれていました。「桶の技術は相当完成されているように思うんよ」と、ひと通りの流れを説明してくれた後に、とにかくやった方が早いと作業開始。

 今回挑むのは高さ約2メートルの大桶。桶は板をつなげて円形にし、竹の箍(たが)でしめます。底にも丸い板が入っているのですが、これも板をつないで切り抜いたもので、全てが板をつなぐことによってつくられています。その板と板が接している部分に冒頭の落書きが書かれていたのです。外側からは見ることができない箇所で、桶をつくる時に書かれた落書きは、解体するまで見ることができないというわけです。

 当然、私たちも桶に落書きをしてきました。これが次に日の目をみるのは100年以上先のこと。誰がどんな場面で私の字を読んでいるのかを想像すると、ちょっと不思議な気分になります。

 次回のこの欄で実際の桶づくりの様子を紹介させていただきたいと思います。





(上毛新聞 2012年2月28日掲載)