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◎老樹は遠くから眺めて 古来、数々の歌に詠まれ、絵画や文学の題材とされてきた桜は、日本人にとって最もなじみの深い花木である。高校の授業で、知っている樹木の名前を記せという質問をしたところ、大多数の生徒が第一に「桜」と答えた。しかし、植物図鑑を引いてみると、サクラという種は存在しない。われわれが通常「桜」と呼んでいるのはバラ科サクラ亜属の総称であり、中でも、ソメイヨシノを指すことが多い。コシヒカリを「米」と呼ぶのに似ている。コメにはたくさんの品種があり、収穫時期や風味も異なるように、桜にも現在確認されているだけで優に300を超す品種が存在する。 これらの基本となるのは、日本に自生するヤマザクラなどの10の原種である。ソメイヨシノはオオシマザクラとエドヒガンの交雑種といわれ、比較的新しい品種だ。江戸末期から明治初期に作出され、日露戦争の勝利を機に全国へ植栽されて各地に広まった。1本の原木から接ぎ木によって増やされたクローンであり、遺伝的に均一なので、全国の開花の基準となる。一斉に咲いて、一斉に散る姿が国家思想に利用されたこともあった。華やかだが、いささか個性に欠ける。 これに対し、山桜は自分の花粉では結実しない性質があり、個体差が大きく花の色は白や薄紅色のものがあり、芽出しの色も赤褐色や緑と変化に富む。「山桜は難しいが、山桜に勝るものなし」とは2人の恩師の言葉である。1人は桜を生かす名人、京都の桜守の佐野藤右衛門氏、もう1人は桜を活いける名人、花芸安達流主宰の安達●子氏だ。共に桜をこよなく愛し、山桜のように個性が強かった。 桜の名前の由来は、早苗など穀霊を表す「サ」と神が座る「クラ」で、稲の神の依代(よりしろ)という説が一般的である。代かき桜や種まき桜とよばれ、農耕の目安となっている個体が各地に存在することでも納得できる。ピンクの花が一面に咲き誇る姿はまさしく女神が降りてきたようだ。 長年愛されてきた桜だが、現在、各地で衰退の兆候を示している。これまで狭い地域で愛(め)でられていた名桜が、近年の交通網や情報網の発達により、一斉に人が押し寄せ、根元の土を踏み固めるのが原因だ。幹周りのわずかな面積を囲って保護している姿を見かけるが、この部分は樹体を支える根であり、養分や水分を吸収するのに重要な細根は、地上の枝先まで伸びているので意味を成さない。願わくは、老樹に対しては神々しい姿を遠くからそっと眺めてほしい。そして、近くに行って愛でるなら、山奥にひっそりと咲く自分だけの桜を見つけて毎年会いに行くのがよい。大勢で楽しむ公園の花見も結構だが、たまには自分を見つめ直し、山奥の一本桜と静かに対話する「花観」も乙なものである。 編注:●は日ヘンに童 (上毛新聞 2012年3月16日掲載) |