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視点 オピニオン21
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元・東北大大学院助教授  高橋 かず子(甘楽町小幡)



【略歴】東北大大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。東北大で機能性有機化合物の開発研究に取り組む。1997年から甘楽町のかんらふるさと大使。


自己の確立



◎若者に「求道の精神」を



 知識の量で生徒の価値をはかり、進路をふるい分ける現在の教育には大きな欠陥があります。知識も重要ですが、その知識を活用し、いかにして社会に貢献するか、自分はどう生きるかという自己の確立こそが重要です。塾通いも必要でしょう。しかし、自分で考え、自分で自分をつくるための時間を持たないと自己は確立しません。特に10代の青年期は思考力や個性が芽生え、自我が目覚める時期であり、この時期に受験勉強ばかりしていると、人間としての自主、自律の精神を身につける機会を失ってしまいます。知識はいわば道具であり、この道具とこれを使う心とが車の両輪のように噛かみ合ってこそ、実社会で本当に立派な仕事ができるのです。

 しかし、現代は自分が生きる道や生きる目的について指導を受ける機会も、指導者も少ない状況です。その結果、穏やかな暮らしをしたいというような小さいことが人生の目標となってしまい、新しい道や新しい世界を開拓し、社会貢献に自らの人生を傾注する道に進もうとする若者が少ないように思われます。

 「少年よ、大志を抱け」で有名なクラーク先生は明治の初期に札幌農学校の校長となり、人間の心構えを教えなければ、知識ばかり教えても何もならないと主張して、キリスト教精神に基づいた人間教育を施しました。クラーク先生はたった8カ月間の日本滞在でしたが、生徒たちは先生のすばらしい人格とその温かい教育に感激し、後輩の2期生に熱心にその精神を教え込み、2期生の中から新渡戸稲造や内村鑑三など、日本の精神文化に貢献した多くの人が育ちました。新渡戸稲造は自分で私立中学や夜間中学を建て、精力的に人間教育を施し、さらに、旧制一高で7年間、校長として毎週月曜の午後、道徳教育を話し、生徒が大講堂にあふれ出るほど集まったそうです。

 その中の生徒、山岡望はその後、旧制六高の先生になり、全生涯を新渡戸稲造から受けた教育に捧げ、生徒から深く慕われました。しかし戦後、旧制高校が廃止され、新制大学になる時、文部省が教授の資格を研究論文の数で評価したため、論文数が不足していた山岡望は、比類まれな教育者にも関わらず、他大学に転出を余儀なくされました。知識偏重主義は現在の大学にも根強く残っていて、大学生も人道思想的教育を受ける機会がありません。

 私は中学の3年間、担任として指導してくださった恩師の茂木紫郎先生から「求道の精神を持って生きよ」と教えられ、これを私の人生の教訓として、苦しい時も、道に迷った時も、この言葉を常に忘れず、今日まで生きてきました。

 これらのことから青年期における精神教育がいかに重要であるかが理解できます。







(上毛新聞 2012年3月19日掲載)