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視点 オピニオン21
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作曲・編曲家  福嶋 頼秀(東京都板橋区)



【略歴】前橋市出身。前橋高、慶応大卒。会社員を経て、作曲・編曲家として活動を開始。オーケストラや和楽器の作品を多数発表。演奏会の企画・司会も手掛ける。


震災と音楽家



◎できることで共に歩む



 あの大震災の直後、各地で多くのイベントが中止となり、音楽家たちは活動の場を失いました。そして演奏できることのありがたさを再認識し、誰もが真剣に一つの課題と向き合ったのです。それは「今、音楽家としてできることは何か」ということ。この1年間、われわれ音楽家はその答えを考え、活動しました。ここでは三つの事例を報告しますが、まずは歌手の秋川雅史さんのお話です。

 年末の紅白歌合戦で秋川さんと夏川りみさんが歌った『あすという日が』。この曲は被災直後の避難所で仙台市立八軒中学校の合唱部が歌ったことで注目され、その後、秋川さんらが各地で歌って広まりました。この冬、私は秋川さんのオーケストラ・コンサートの編曲を手伝いましたが、秋川さんはオペラはもちろんポップスや演歌まで、情感豊かな歌唱と絶妙のトークでお客さまを魅了します。そんな中、この歌では特に「明日への勇気・前向きな気持ちを持って」というメッセージが込められ、毎回会場全体がとても温かい雰囲気に包まれるのです。多くの方の共感を呼ぶのは、明るく誠実な秋川さんの人柄ならではでしょう。

 次は作曲家である私の例。私は以前から仕事で宮城・岩手・福島県に行くことが時々ありました。震災後も避難所でのコンサート等で何度か現地に行ったのですが、変わり果てた自然や街の様子にがくぜんとしました。と同時に、友人たちが頑張っている姿を見て、支えになりたいと強く思ったのです。この経験をもとに作曲したのが『琴と2本の尺八の協奏曲“かなえ”』。祈りのテーマで始まり、独奏楽器が活躍し大勢の合奏がそれを支え、希望に満ちたメロディーとなる…和楽器に携わる多くの方と共に東北賛歌を奏でたい、という想おもいで書きました。この2月に大阪と東京で演奏されましたが、涙を流しながら聴かれたお客さまもいらっしゃいました。

 最後は群馬交響楽団の活動です。群響は昨秋から冬にかけ、文化庁の事業の一環で東北地方の小中学校9校を訪問し、心温まる生演奏を届けました。宮城県の古川北中学校では『夢と希望と決意をもって』という曲で、生徒の合唱と共演しました。これは被災した子どもたちの心を励まそうと、この学校の先生が作詞・作曲した歌。この公演の司会者で、自身も宮城出身の歌手・阿形深雪さんはこう振り返ります。「最初ははにかんでいた子どもたちが、だんだん生き生きと歌ってくれたのです。言葉で励ますのは難しくても、音楽を通して子どもたちの心と共鳴できた気がしました」

 このように音楽家たちは「今、何ができるのか」を真剣に考え、それぞれの形で活動したのです。成果は測りにくいかもしれませんが今後もそれを継続し人々と共に歩むべきと思います。







(上毛新聞 2012年3月20日掲載)