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視点 オピニオン21
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東京芸術大非常勤講師  赤池 孝彦(桐生市東)



【略歴】静岡県出身。東京芸大大学院修了後、文化庁在外研修員など歴任。改装したのこぎり屋根工場を拠点にアートプロジェクト・桐生再演を企画運営する。美術家。

旧織物工場の片付け



◎地域の責任共有できる



 普通のことを普通にしたら普通ではなくなる。そんなことを確信してから、制作というよりはむしろフィールドワークと称して、桐生に特有なのこぎり屋根工場の片付けをするようになった。それらは織物産業というひとつの目的を果たした後に、倉庫として使われるなどして、修復されることがないまま朽ちていくものが多く、所有者も高齢化して手がつけられない場所となっていた。

 もともとは桐生再演の会場づくりの延長線上で作業していたことでもある。その現場を別の目的のためにリノベーションというほどのことをするわけではなく、ニュートラルな空間に変質させる作業にすぎない。というのも、場の記憶が強すぎるとそれらに制作が無意識に引きずられてしまうことが多いからである。

 例外的に、一昨年亡くなられた渡辺好明・東京芸大教授が、旧森芳織物工場の先代が作った温室に、そのまま堆積していたものがすべて映しだされるように直径1メートルの巨大なコンタクトレンズ状の水鏡を設置した。水鏡ひとつによってその空間を変貌させていたのであった。普通はまとわりつく場の記憶を一掃するためにも片付けをするのが基本的な作業なのである。

 それぞれの現場に立ち会っていると堆積した時間と空間の厚みを感じる。所有者であればなおさらその厚みにディテールを感じることになるだろう。工場内を物置として使っている所有者の方々は内部をあまり見せたがらない。その気持ちもわからないわけではないが、およそ20人で3時間ほど片付ければ、もとに近い状態に戻すことができる。

 私たちが専門とするインスタレーション(仮設構築)の制作では、ある空間に媒介物を存在させて、その空間を変貌させるのを基本的な手法とするのであるが、それとは逆の手法と言える。もとの空間に接すると、だれもが何らかの衝動が働くというのがわかったことも興味深かった。

 これらの活動はボランティアの方々が参加しやすいように、週末の午前中3時間を使う。作業後は昼食を食べながら桐生に特徴的な建築のミニレクチャーも行ったりする。現在でも桐生商工会議所を母体とした任意団体で継続中のプロジェクトである。

 いわゆるアート・プロジェクトでもないのにその地域の人たちが関わることによって、地域で忘れられていた責任を共有できるような気がする。そして、制作について言えば、私は個人で表現を追求することを否定するわけではないが、そのような現場でそのような感覚が生まれることに興味がある。もっともリアルに感じるのは、個人の表現よりも前述のような作業で生み出されて社会化されたその場の関係性が変容していくプロセスなのである。






(上毛新聞 2012年3月28日掲載)