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視点 オピニオン21
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前橋工科大助教  稲見 成能(玉村町南玉)



【略歴】横浜市出身。筑波大大学院博士課程単位取得退学。専門は環境デザイン。前橋けやき並木フェスタ2011実行委員長、日本建築学会関東支部群馬支所常任幹事。


「残心」という言葉



◎英知を共有して生かす



 先日、久しぶりに家族そろっての夕食の席で、よくあるたわいもない会話の端くれに、娘から学校のテストでごく簡単な問題を間違えたという失敗談を聞かされた。ケアレスミスというやつである。誰に似たのか、そのそそっかしさはいつも通りのことなので何の驚きもなかったが、どういうわけかそのときに限って、記憶の奥底から茂みをかき分けるようにして一つの言葉がゆっくりと姿を現した。

 私「おまえには“残心”がないようだな」

 娘「…私が『斬新』じゃないって、どういう意味?」

 私「いや、そのザンシンじゃなくてだな(妻に向かって)残心って言葉知ってる?」

 妻「えーと…心…残り?」

 かみ合わない会話に苦笑しつつ、妻娘も知らない言葉が自分の口をついて出た不思議を詮索することに気持ちは移っていた。言葉が現れたとき、何となくであるが、浅薄な娘と今の日本社会、そして私自身が重なるようなイメージが頭をよぎったことも、この言葉について調べてみたいという思いを強くさせた。

 残心とは、武道において、技を出した直後に油断せず身構えることや、その心構えを指す言葉である。最後の最後まで気持ちを切らさないことが大切だという教えであり、芸道においては、もてなしの心や余韻といった美意識に通じる言葉になる。転じて生活においては、きちんとしまうこと、後片付けをすることといった、しつけの言葉にもなっている。

 私の記憶にあったのは武道においての意味であった。武道をたしなんだこともない私が知っていたのは、祖父や父親が剣道経験者だったことに関係がありそうだ。もしかすると、娘と同じように私も注意されたことがあったのかもしれない。ともあれ新たに分かったのは、残心という2字に込められた日本人の美徳の素晴らしさである。格言に匹敵するこの言葉が自分の身体の中にあったことが何だか誇らしく、しかし同時に、今どれだけの日本人がこの言葉を知っているのか不安になった。

 まちづくりや国づくりには市民のコンセンサス(合意)が必須であるが、合意の元になるのは、市民による“英知”の共有である。英知とは先達が長い歴史の中で培ってきたものだ。実はその多くが格言やことわざの中に凝縮されている。それらは統計学的な意味で、ヘタな科学よりも数段科学的で頼りになるものだ。だが、われわれは今それらの英知を生かしているだろうか。学校教育は、人の生きざまと、在るべき連帯に道を示すそれらの英知を子どもたちに伝えてはくれまいか。

 などとあれこれ考えるうちに、重大なことに気付いた。残心とはすなわち、近年のまちづくりの課題である「サスティナビリティ(持続可能性)」に通じる心構えにもなるではないか。日本の悪化が止まらないわけである。







(上毛新聞 2012年4月8日掲載)