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県自然環境調査研究会会員  谷畑 藤男(高崎市竜見町)



【略歴】群馬大教育学部卒業後、理科教諭として千葉、群馬の小中学校に38年間勤務。日本野鳥の会、県自然保護連盟、県自然環境調査研究会などに所属。


都市のハヤブサ



◎ビルを断崖に見立てる



 ハヤブサはカラスよりやや小形の猛禽きんで、岩峰や海岸の断崖を好み生息する。岩場の高所に止まり、付近を通過する鳥類を捕食する。南極を除く全世界に分布し、日本で見られるハヤブサの多くは留鳥であるが、冬季北方より渡来する個体もいる。

 猛禽類は狩りの場面では強者であるが、食物連鎖の上位に位置するため、もともと個体数が少なく、大規模開発や農薬による汚染等の影響を受けやすい。1991年環境庁発行の日本レッドデータブックでは、ハヤブサは危急種「絶滅の危険が増大している種」に指定された。

 ところが80年代、ニューヨークやロサンゼルス等の大都市ではハヤブサが高層ビル街に進出し話題になった。90年代には日本でも海岸沿いの福井市や金沢市のビルに止まるハヤブサが報告された。ハヤブサにとって高層ビルは断崖絶壁の岩山に見えるらしい。

 20世紀末、群馬県にも100メートルを超す高層ビルが相次いで完成した。98年の高崎市庁舎(102・5メートル)に続き、翌年には群馬県庁ビル(153・8メートル)が開庁した。予想どおり二つの高層ビルにハヤブサは飛来した。高崎市庁舎は自宅から北西500メートルの距離にある。ビルは烏川に面し、市街地からスマートな銀色の尖塔を突き出している。上部の「張り出し」や壁面の「照明灯」に止まるハヤブサは自宅窓辺から定点観察できる。

 開庁1年後の99年4月6日、ビル西側壁面の「照明灯」にハヤブサが初めて飛来し、2001年10月からビルに定着するようになった。以後、ハヤブサは秋から翌年の初夏までビル付近や市街地で見られた。2羽見ることもあったが、繁殖行動は観察されないので、冬鳥として北方より渡来する個体と思われる。

 ハヤブサは高層ビル上部の「張り出し」に止まり、付近を通過する鳥類を待ち伏せる。獲物を発見すると、高速飛翔で追撃し空中で捕獲する。狩りが成功すると獲物を「張り出し」に持ち帰り、消化できない羽毛は引き抜き、頭部や足は切断する。高所の食事場から落下する羽毛は風で飛散するが、ビル東側の「張り出し」は道路に面し、落下羽毛の一部やペリットが収集できた。羽毛を調べるとハヤブサの餌動物がわかる。大部分はキジバト、ドバトであったが、アオバト、イカルチドリ、バン、カイツブリ、コガモ、クロツグミ、トラツグミ、さらにオオコノハズク、ヤマシギなど意外な羽毛もあった。

 定点観察により、ハヤブサは市庁舎ビルを断崖に見立て、周辺を飛翔する鳥類を捕食することがわかった。また、ハヤブサの落とした羽毛は「市街地上空を多数の渡り鳥が通過している」ことや「都市や地球は人間だけものではない」ことを教えてくれた。







(上毛新聞 2012年4月10日掲載)