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醤油販売の伝統デザイン工房社長  高橋 万太郎 (前橋市文京町)



【略歴】前橋高―立命館大卒業後、キーエンス入社。退社後、2007年に伝統デザイン工房を設立した。「職人醤油」のブランドで全国の老舗の醤油を販売する。


桶づくりの伝統技術



◎職人支える職人姿消す



  前回書かせていただいた100年前の桶おけから出てきた「落書き」を目にした時のことです。「桶づくりで苦労することは何か」と職人に尋ねると「人がいないことだね」と返ってきました。その時は、桶のつくり手や使い手が減少している意味だと思ったのですが、どうやらそうではないことを桶づくりの過程で実感したのです。

 桶の構造はとてもシンプルです。木の板を組み合わせて竹の箍たがでとめます。鉄製の釘はおろか、接着剤さえ使わずに数千リットルもの容量を支えているのですから、「桶の技術は相当高いレベルで完成されていると思う」と話す桶職人の言葉に大きくうなずきたい気分になります。

 桶に使われる板は甲こうづき付が最良とされています。甲付とは1枚の板に赤身と白身の境界線である「白線帯」が含まれている板で、組織の密度が高くアルコールが抜けにくいといわれています。板を切り出す前の丸太は中心部分が赤くて外側が白いのですが、その境界線に合わせて木材を切断した板というわけです。住宅用建材とは異なる切断方法のため、明治時代には桶専用の木材を切る「木取り商」という職人がいたそうです。ただ、現在ではそのような専門職はないので、桶職人が丸太の切り出しの段階から指示をする必要があるそうです。職人を支える職人がいないわけで、冒頭の「人がいない」の1人目は木取りの職人のことだったのです。

 そして、板をつなぎ合わせていくのですが、四角の板を合わせて円をつくるために、それぞれの板に微妙な角度をつけて削る必要があります。ここで登場するのが大きなカンナで、見た目は公園にあるシーソーのようです。 しょうじきだい正直台と呼ばれていて、動かないように固定されており、中心部分に刃が付けられています。板をその上に滑らすことで削っていくのですが、大工が使うカンナは引いて削るのに対し、桶の場合は押して削るのです。さらに組み立てが進むと、手持ちの引いて削るカンナも登場するのですが、桶はあらゆる部分がカーブを描いているので、刃もそれにあわせた丸みを帯びています。これら専用の道具をつくり、保守管理ができる職人たちもまた、現代では姿を見ることはありません。

 桶の組み立ても後半に入ると、竹の箍を編みます。10メートルを超える竹をきれいに割る技術も独特なもので、過去には専門の職人がいたそうです。ここでもまた桶職人が竹探しから、細く割るところまでを自ら手掛けなくてはならないのです。ここに挙げただけでも多くの職人たちが支え合う構造があって伝統技術が成り立っていたのだと身をもって感じたのでした。





(上毛新聞 2012年4月20日掲載)