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視点 オピニオン21
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県がん患者団体連絡協議会企画委員  篠原 敦子 (前橋市箱田町)



【略歴】前橋市生まれ。『光満つる葉月、切除』が第6回開高健ノンフィクション賞最終候補に。『その夏、乳房を切るめぐり逢った死生観』と改題し創栄出版より発刊。


エピテーゼ



◎長期的な発想で捉えて



 エピテーゼという言葉は、一般にはさほど浸透していないようだ。病気や事故で欠損した体の表面を補う、医療用の人造物をいう。

 欧米では患者の外観をエピテーゼによって整えることが、医療の大切な一面とされている。

 以前に乳房再建について書かせていただいたが、手術が体にとって大きな負担となるのも事実だ。長時間の全身麻酔に耐えられない、これ以上体にメスを入れたくないという乳がん患者には、「エピテーゼ(人工乳房)」という選択肢がある。オーダーメードなので装着すれば見た目も自然で、プールや温泉でも不自由はない。

 先日、人工乳房を作る医療機器メーカーの工房を見学する機会があった。精巧に型取りされ、静脈までが透けて見えるような色づけがなされる「作品」に驚いた。

 けれど技術者になるまでの道は険しく、2年余りの見習期間を経てようやくセミプロへの道が開けるという。石膏(せっこう)や溶剤にまみれて修業している見習いのほとんどは、乳がんに侵された家族や友人を持ち、その傷跡(きずあと)を嘆く声に胸を痛めている。

 シリコンの耳、鼻、手の指なども、極めて精巧に作れるようになった。形成外科医とエピテーゼを作る企業が技量を分け合い、患者の求めに応じる連携プレーはすでに始まっているのだ。

 しかし今後、エピテーゼが広く世の中に知られるようになったとしても、その価格が問題だ。数十万単位の代金を、誰もがポンと払えるわけではない。「優秀な技師を2千人養成すれば、価格は今の3分の1に押さえられる」と経営者はため息をつくが、その養成に時間と費用をかけていたら企業は立ち行かないだろう。

 現在、義肢や義眼に対して手厚い補助がある。健康保険の対象を広げ、エピテーゼにも一部、保険を適用してほしい。患者の社会復帰を促すことは納税者を増やすことにもつながるのだ。

 人工乳房を着けた女性は温泉旅行を楽しみたい。それが実現すれば、観光にも消費は拡大し、税収も増える。それまで家にこもりがちだった人々が心機一転、仕事に趣味にと自己実現を果たせるようになり、社会を下支えする力にもなる。

 そのような長期的な発想で、この分野を捉えてもらえないだろうか。

 また、生命保険会社には、エピテーゼの利用を特約にした商品を、ぜひ検討してほしい。






(上毛新聞 2012年4月28日掲載)