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樹木医、万葉園グリーンサービス経営  塩原 貴浩 (前橋市田口町)



【略歴】前橋高、東農大院修了後、京都の「植藤造園」で修業。2003年、28歳で樹木医に。家業の造園業の傍ら、桜を中心に巨樹・古木の診断・治療に当たる。


一人一人が桜守り



◎気長に温かく見守って



 ソメイヨシノの花が散り、花見の宴も一段落すると、新聞やテレビから一斉に桜の話題が姿を消す。あれほど今日か明日かと気をもんで、週末の天候に一喜一憂していたのに、新芽が出て葉桜になった途端、日本全体が落ち着きを取り戻し、静かになる。しかし、南北3千キロメートル、海抜3千メートルと地形の変化に富む日本列島では、9月を除き、どこかで桜がひっそりと咲いている。例えば、沖縄では1月にカンヒザクラが咲き、本州でも2月に入るとカワヅザクラやカンザクラが一足早い春を告げる。夏の高山で出合うタカネザクラは山登りの疲れを忘れるほど美しい。上毛かるたで著名な鬼石のフユザクラは凛(りん)とした冬空にかれんな姿で咲いている。このように4月のソメイヨシノ以外にもさまざまな桜があちこちで開花~展葉~紅葉~落葉という生命活動を繰り返し、成長し続けている。

 花ばかりが注目されがちな桜であるが、各地の「 桜守(さくらも)り」と呼ばれる人たちの仕事は開花後のお礼肥えから1年が始まる。わずか5日ほどの花のために残りの360日を費やすのだ。花はあくまでも1年間の結果であり、より重要なのは糖分を蓄えるために光合成を行う葉の状態である。県内でも妙義山麓の「さくらの里」などは林業公社の方々が45品種、5千本に及ぶ桜に心血を注ぎ育成してきた。周囲の山々と織り成す景観は時と共に変化する生きた芸術作品である。

 また、桜は人々の心を魅了し、一つにするよりどころでもある。一昨年、旧六合村小倉地区で老桜の樹勢回復を行った。作業当日は長年桜と共に歩んできた地元の人々や、仕事や結婚で村を離れた若者たち総出で土壌改良や腐朽部の切除などを行った。桜の前でさまざまな思い出を語る人々の姿を見て、今一度元気になって皆を見守ってほしいと祈りを込めながら治療を進めた。長年風雪に耐えてきたこともあり、痛みも相当激しかったが、翌春には多数の花をつけ、皆の苦労に報いてくれたようであった。

 老木の治療は、状態を見極め、必要なことだけをし、余分なことはしないことだ。過剰な肥料は、人間と同じようにメタボリックの引き金となってしまう。葉が柔らかくなり、病害虫の発生を促したり、枝が急に伸び、積雪による折損のリスクを高めたりもする。桜を上手に育てるには公園のような管理の発想から子どもを育てるような守りの視点に切り替えねばならない。なにも専門的な知識はいらない。毎日眺めてあげるだけでよい。そして葉がしおれたり、枝が折れたり、幹の腐朽が進むなど、いつもと少し違う状態に気付いた時には早めに専門家に相談してほしい。何より気長に温かいまなざしで見守ることが一番大切だ。

 真の「桜守り」とは、桜に関心を持って身近に接している皆さん一人一人なのである。






(上毛新聞 2012年5月15日掲載)