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視点 オピニオン21
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東京芸術大非常勤講師  赤池 孝彦 (桐生市東)



【略歴】静岡県出身。東京芸大大学院修了後、文化庁在外研修員など歴任。改装したのこぎり屋根工場を拠点にアートプロジェクト・桐生再演を企画運営する。美術家。

歴史ある建物の利活用



◎聞き取りで情報肉付け



 森芳織物工場のリノベーション工事以来、桐生で携わっているプロジェクトは近代の産業遺産と呼ばれる建物を利活用して保存する事業である。桐生は織物業に特有なのこぎり屋根工場がまちのシンボルにもなっているが、近代を象徴する建物も忘れられた状態で点在している。もちろん「登録」「指定」と行政に位置づけられるものもあるが、それとは無関係に手入れが行き届いたものもあれば、半ば空き家になってしまっているものまでさまざまである。

 そういった建物の老朽化も問題ではあるが、所有者の高齢化はさらに深刻で、私たちは所有者に来たるべき将来の話をうかがう。後継者の話ともなれば絶望的な予想図しかない。このことが意味する現場に私たちはいくつも立ち会っている。

 対策として、建物の基本情報が整理された利活用マニュアルを作成している。具体的には、実測による図面の作成(方眼紙に鉛筆で描く作業)、記録撮影、場合によっては片付けまで手伝う。これらは建物の価値を失うことがないように維持して利活用してもらうためでもあるが、歴史のある建物には未来への方針がたくさん含まれていることもわかってもらいたいのだ。

 現場では聞き取りが難しい。織物業であればその術語が使われるので、織物関係者や同時代の方がいないと共有できない。また、たいへん私的な話にまで立ち入るので、公にはできないものも多い。一度聞いただけでは正しく記述できるはずもなく、増築や修復の時差もあるので再び確認しなければならない。聞き取りは、映像や図面による記録に声の歴史で肉付けしていく作業とも言える。

 そういう作業をしていて地域情報の検索について日ごろから感じているのは、現代は情報過剰と言われて久しいが、その実情は、地域ではむしろ逆だということ。情報の階層は発信が集中する都心かつ現代的な情報に占められ、地域の史的情報は断片的にしか検索されない。情報が収集されていたとしてもネット上には存在せず、結局現場まで足を運んで探さなくてはならない。このような情報こそ、アーカイブ化デジタル化を進めて整理されなければならないと感じる。

 いくつか話を聞いていくと情報は有機的につながりだす。そして、桐生の機屋が特殊な成り立ちをしていることにも気づかされるのだが、このことについてはまた別の機会に触れてみたい。

 地域における歴史のある建物を利活用して保存することは、建物だけにとどまらず、それにまつわる過去と対話し続けることによって、かつての文化を長く未来に伝えるための最も現代的な文化活動であるような気がしてならない。







(上毛新聞 2012年5月19日掲載)