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◎人を尊び師として学ぶ 「会う人、出会うもの、すべて我が師なり」。これは国民的文学作家と言われた吉川英治の名言です。人はそれぞれ異なった環境に生まれ、独自の生き方をしています。それゆえ他人の存在を認め、尊び、優れたところを学ぶことは至極当然なことだと思います。 一般的には、人間、この世に生を受け、最初に出会うのは母であり父です。そして自立するまで、その庇ひ ご護のもとに育まれていくという経緯を考えれば、親は最初の師と言えましょう。「子は親の背中を見て育つ」のことわざどおり、親の影響力は偉大なものです。 私の父は私が生まれる5カ月前に他界しています。そういう意味で、私にとって親の背中とは、イコール母の背中でした。母は明治生まれで、その時代の多くの人がそうであったように公徳心に厚く、他人のためには自己犠牲をも辞さないところがありました。 そんな母から常々聞いていた言葉は、感謝、誠実、親切、報恩や正義に満ちたもので、当時、母自身が意識していたか否かは別として、今、思い返すと母の言動の端々からボランティアの心が垣間見られるような気がしてなりません。 私は幼いころから、母の生き方こそが最も身近な師の教えと考え、ほとんど反抗することなく生きてきたはずなのに「親孝行したいときに親はなし」の格言を地で行くように、母に対して何一つ親孝行ができなかったばかりか、今日まで自分を支えてくれた多くの人に対しても義理を欠くことばかりです。 さて、「父母には孝行し、兄弟とは仲よくし、夫婦はお互いに調和よく協力し合い、友人とはお互いに信頼し合い、慎み深く行動し、すべての人に博愛の手を広げ、学問を学び、手に職をつけ知能を啓発し、人徳と才能を磨き、世のため人のために進んで尽くし…」 これは教育勅語の一部を口語的に置き換えたものです。教育勅語と聞いただけで拒否反応を示す人もありましょうが、前述の部分に限定すれば、そこには理想的な生活規範とボランティア精神に立脚した趣旨が的確に表現されていると思いませんか。古いことだからと、その全部を否定することなく、残すべきものは残し、守るべきものは守る、これこそが思想的にも好ましいバランス感覚といえるのではないでしょうか。 近年、児童虐待や親が子の、子が親の命を奪うといった痛ましい事件が頻発しています。こんな時代だからこそ、人が人として歩むべき指針が明確に示されてもいいのではないかと考えます。 私は、親として、またはある意味での「師」として、さらには紙芝居を主とした読み聞かせボランティアとして、その背中をいかに見せてこられたか自問自答している昨今です。果たして皆さんはいかがでしょうか。 (上毛新聞 2012年5月31日掲載) |