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静岡大人文社会科学部教授  布川 日佐史 (静岡県沼津市)



【略歴】ブレーメン大客員教授、厚労省「生活保護の在り方に関する専門委員会」委員などを歴任。雑誌『貧困研究』(明石書店)編集長。館林市出身。


生活保護と親族



◎責任追及で使いにくく



 先週9日に、緊急生活保護電話相談が全国で行われました。朝10時の開始前から夜7時すぎまで、静岡では5台の電話がかかりっ放しでした。

 生活保護を受給している人から、テレビの報道を見て鬱うつの症状が悪化した、近所の人にクズだと言われたという声や、親兄弟に迷惑をかけるのではという不安が寄せられました。特徴的なのは、親族が生活保護を受給している人からの相談が多かったことです。「夫の両親が保護を受けているが、私たちが扶養せよと言われるのか」「脳梗塞で倒れた弟が保護を申請したが、姉の私が扶養しないといけないのか」「両親は昔離婚し、疎遠だった父が生活保護を申請したと、役所から通知が来た。扶養しなければならないのか」など、子育て中で生活にゆとりのない人や、年金生活で自分の暮らしがやっとの人からの相談でした。

 生活保護法は、親子兄弟などの親族による扶養が保護に優先すると定めています。保護を受けている時に親族からの援助があった場合は、その金額分を保護費から差し引いて支給するという意味です。親族による扶養は生活保護を受ける条件ではありません。親族は、自分の暮らしをなりたたさなければなりません。親兄弟といっても、関係が良いケースばかりではありません。責任を無理にかぶせられません。しかし、今回の報道を受け、親族に扶養できる金額の証明を求め、扶養を迫ることになるかもしれません。

 また、生活保護法には保護に要した費用を親族から徴収できるという規定があります。これまでは高額所得者や資産家に限っていましたが、今回の報道を受け、徴収対象を所得の低い親族へと広げることになるかもしれません。

 年頭のこの欄で、貧困線が下がりつつ、貧困が増大している日本の貧困の深刻さについて紹介しました。貧困との闘いとして、第一に、すでに貧困に陥った人に最低生活を保障しつつ、貧困からの脱却を支援することと、第二に、貧困に陥るのを予防し、貧困・格差そのものを是正するという課題があると述べました。生活保護受給者が増加したのは、貧困との闘いの第一の課題における一定の前進であり、その中で、貧困の予防と貧困の是正という第二の課題の緊急性、重要性が高まっていることを指摘しました。 残念ながら、年金給付額の改善、最低賃金の引き上げ、非正規雇用から正社員への転換など、貧困の予防・是正に関わる政策の具体化は進んでいません。かわりに、生活保護受給者の親族へのバッシングが始まりました。親族の責任を追及し、社会保障の土台である生活保護を使いにくくすることは、公助を弱め、社会の土台を崩すことにつながりかねません。






(上毛新聞 2012年6月16日掲載)