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INOJIN工芸倶楽部代表  井上 弘子 (桐生市境野町)



【略歴】東京都大田区出身。筑波大芸術専門学群卒。同大学院を修了。在学中に陶芸を学び、県美術展や日本現代工芸美術展など入賞入選多数。工芸教室講師で工芸家。


歴史ある建造物



◎まちの財産市民で守る



 個性ある建造物が醸し出す風景を審査して表彰する「わがまち風景賞」という企画が桐生にあります。先日、私もこの審査に参加する機会を得ました。桐生は戦災にも遭わず、繊維産業で発展した街ですから、個性ある街並みを持っています。この賞の趣旨は、歴史や個性のある建造物等を表彰することによってその風景を継続させ、ひいては街全体に良質な風景を広げようというものですから、何も古いものだけが対象になるとは限りません。ただ、新しいものはこれからいくらでもつくることはできても、古いものは一朝一夕で出来上がらないので重みがあります。

 人の記憶力というものは、案外曖昧なものです。近所の家屋が取り壊されて更地になると、しばらくは以前の風景を覚えているのですが、そのうちどんな建物があったのかさえ思い起こせなくなります。ですから、歴史ある建造物が保存されることは市民としてはうれしく思います。ただ、表彰される側は名誉と表彰状をもらうだけで、今後も固定資産税と修繕費を払い続けていくわけですから重荷となる場合もあることでしょう。

 今回、単に建造物を見ただけでなく、その建物に住んでいた人の思想や業績等、建造物の個々の背景を多少知ることができました。それによって、その家屋の設計や置かれている調度品、作庭の様子などにその一族の歴史や人柄をしのぶことができました。タイムマシンはなくても、この地の繁栄ぶりを想像し、過去の人との対話を夢想しました。更地や石碑になってしまえば、記憶を呼び戻すことは難しくなります。また、「明治村」のように建造物だけを一堂に集めたのでは、単なる見せ物となります。やはり、周りを取り囲む景観と一体で保存することで、過去の人の思いを追体験できるのだと思います。このような風景が桐生の財産だと思っている市民はたくさんいます。そうした人たちが「わがまち風景賞」を創設し、未来に残したい風景を守ろうとしています。

 ただ、顕彰したり、清掃活動の手助けをしたりするだけで保存につながるかは疑問です。もっと積極的な支援、例えば、土地や建造物を買い取って保存することなどが必要だと思います。それには資金が要ることですが、市民や企業に寄付を募り、基金を作ることを提案します。行政が寄付をした市民の税の優遇を図れば、寄付は集めやすくなります。つまり、ナショナル・トラスト運動を桐生に根付かせるのです。400年前の町割りが保たれ、産業遺産が点在する桐生。「重伝建」に答申されない遺産を所有する家は個人でそれを守るしか道はないのです。本気で桐生の財産を守ろうと思うなら、所有者の痛みを分け合うことも辞さない覚悟が要るのではないでしょうか。





(上毛新聞 2012年6月20日掲載)