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視点 オピニオン21
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東京芸術大非常勤講師  赤池 孝彦 (桐生市東)


【略歴】静岡県出身。東京芸大大学院修了後、文化庁在外研修員など歴任。改装したのこぎり屋根工場を拠点にアートプロジェクト・桐生再演を企画運営する。美術家。


古材置き場の設営



◎建造物の修復に生かす



 私がいま携わっているプロジェクトは古材置き場を設営することです。それは桐生の重伝建予定地区の近くにある廃業したばかりの染色工場です。所有者は82歳の男性。工場は小さいながらもお父さんの代から始めて80年を越えるものですが、昨年の暮れに仕事を辞めました。工場に付随する干し場を解体するのに妹さんに借金したらしく、古材置き場の家賃でそれを埋め合わせるそうです。製造業は年金がいくらもないので大変だといいます。奥さんと息子さんをがんで亡くされ、ご自身もがんを患いました。趣味のバイオリンを30年ぶりに始めてみたけれど指が動いてくれない。30年もバイオリンに触れなかったのはお父さんが亡くなったあと、商売に専念するためだったといいます。いま、もうひとつの興味がインターネット。おいに買ってもらったノートパソコンを見せてくれました。なかなか手ごわくマニュアル本も5冊買ったそうです。

 二つ違いの妹さんのご主人も亡くなり、今年から妹さんの家に厄介になることにしたそうです。現在も毎朝9時半には工場に来て、一日の大半を過ごします。工場で自分の洗濯物を干します。高さ6メートルはあるでしょうか。工場内は蒸気にさらされるので40年くらい前に天井を3メートルほど高く上げて天板をすべて檜(ひのき)にしたそうです。檜は痩せないからだそうです。見上げると透明の波板から光がとれて木肌も美しい。外観から見た棟続き長屋のイメージとは異なります。煙出しの腰屋根もあります。

 私たちの仕事は工場に積み上げられた糸束の片付けです。先日もみなさんにトラックの荷台に積みあげてもらいましたが、あと数回は運び出さなくてはならないでしょう。それが済んだら工場の機械部分の片付けです。これらは業者に固定された足を切断してもらってからクレーンで吊らないと運び出せません。

 なぜ、この場所に古材置き場を作るのか。ドイツのマイセン市では教会だった建物が古材置き場として利用されて、歴史的な建造物を修復、解体する際に出た建具、梁(はり)、柱などの木材、窓、扉、金具や家具を保管します。そして、それらを使って修復する仕組みができているからなのです。また、ドイツの別の村では古材修理の技術伝承にもつなげています。

 桐生新町の上(かみ)が重伝建に選定されます。歴史ある町並みを後世に伝える準備をしなくてはなりません。桐生の場合、生活空間がその中に息づいていて他の地区とは様相が異なります。だれでもできるような保存や修復方法を知るためにも古材を保存する置き場を作ろうと考えています。そうそう、忘れていましたが重伝建選定をきっかけに、外からたくさんの人たちが集まってきます。それなりの取り決めをしておかないとすぐまちなかが荒(すさ)んでしまいます。






(上毛新聞 2012年7月13日掲載)