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樹木医、万葉園グリーンサービス経営  塩原 貴浩 (前橋市田口町)


【略歴】前橋高、東農大院修了後、京都の「植藤造園」で修業。2003年、28歳で樹木医に。家業の造園業の傍ら、桜を中心に巨樹・古木の診断・治療に当たる。


真の自然保護



◎森林資源の活用が大切



 「白砂青松」とうたわれ、日本の景観を代表する松林が、近年各地に急速に広がる松枯れにより、無残な姿をさらしている。本県も例外なく多大な被害を受け、船津翁の偉業である赤城南面のクロマツ林も壊滅状態だ。

 マツノザイセンチュウと呼ばれる全長1ミリ以下の外来生物が樹体内に入り込むと、樹脂が停止する初期症状に始まり、通水阻害を起こし、やがて針葉全体が褐変し、枯れ死に至る。センチュウ自体に移動能力はなく、その伝播ぱにはマツノマダラカミキリが関与し、複雑な自然の共生関係が成立している。以前は大気汚染や酸性雨説が大手を振っていたが、その後の研究や接種実験により確証を得た。

 歴史をひもとくと、松の集団枯損に関する記録は明治時代から存在するが、この病気は、昭和30年代後半から爆発的に広まった。それは化石燃料によるエネルギー革命や化学肥料の登場と一致する。当時は家庭燃料のほとんどを薪(まき)が占めていた。枯れた松は適度に乾燥し、脂(やに)を含む格好の燃料だったので、内部に生息する羽化前のカミキリやセンチュウも焼却され、増殖しなかった。また、松葉はリン分を含んだ良質な天然肥料であり、松林では畑にすきこむための落ち葉かきが常に行われ、松の生育に適する清潔な土壌の状態が保たれていた。マツタケの収穫量減少もちょうど落ち葉かきが行われなくなった時期と重なる。

 松と同様に90年代からナラ枯れが猛威を振るっている。真夏に京都の東山が紅葉しているかのような異様な光景となり、問題となった。原因はカシノナガキクイムシによって運ばれる病原菌の感染と増殖によるナラ枯れ病だ。40~50年生の高齢・大径木に被害が多い。ミズナラやコナラは炭の原料として15~30年の周期で伐採されてきた。上部を切っても、そこから萌芽再生し、やがて元の林となる。ところが、「里山保護」の名の下、これらを切らずに「護(まもる)」誤った保護活動が展開されている地域もある。育った木を切ることに抵抗を感じるのは確かだが、人の手により管理されてきた里山の木の根元を良く見てほしい。株立ち状になっているのが、繰り返し伐採が行われてきた証拠なのだ。

 従来の薪炭林のように循環利用して大径木を減らすことがナラ枯れの被害を防ぐ有効手段となるのだ。高齢化するほど萌芽再生能力は弱くなるので定期的な伐採で森林を若返らせることが望ましい。

 松とナラに共通の問題は、われわれが森林から遠ざかり、木材を資源として利用しなくなったことである。

 幸いなことに、最近薪ストーブや炭の良さが見直されつつある。森林資源が豊富な群馬県ではこれらを積極的に活用し科学的な視点を持って自然の恩恵と人間の利用のバランスをとっていくことが最大の「自然保護」となるのだ。






(上毛新聞 2012年7月14日掲載)