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視点 オピニオン21
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読み聞かせボランティア  片亀 歳晴 (玉村町樋越)


【略歴】太田高卒。伊勢崎市職員を経てアート記録設立。解散後、ボランティアに専念。小さな親切運動本部特任推進委員、紙芝居文化推進協議会会員、玉村町選管委員。


現代ボランティア考(5)



◎心を育み癒やす紙芝居



 2008年1月に出版された『紙芝居文化史』(石山幸弘氏著)によると、現在のような形式の紙芝居が誕生したのは1930(昭和5)年であり、子どもたちの娯楽として定着し、全盛であったのは戦後の15年間ほどで、その後はテレビの普及や環境の変化等から街頭紙芝居はほとんどその姿を消したとあります。

 それが、近年、教育面にも有効な手段として、主に室内における公演へと様変わりし、多くのボランティアがこれに携わっています。こうした状況がメディアにもたびたび取り上げられるようになりましたが、それは、ある種の懐かしさや珍しさばかりでなく、機械的・デジタル的なものでは得られない心のぬくもりの媒体として見直されたからではないでしょうか。 紙芝居の演じ方は人それぞれです。公演に要する時間は1話10分前後のものがほとんどですから、細かい手法を除けば、いつでも、誰でも、たやすく取り組めるものです。この短い時間に観客とどう向き合うか、これにはテクニック以前に、演じ手の誠意や良心が関わってくるような気がしてなりません。

 お年寄りや子どもたちの目は想像以上に冷静で厳しく、演じ方のみならず人格までも見透かされそうで、ボランティアだからという甘えなど、とうてい許されるものではありません。それゆえに観客の皆さんに喜んでいただけたときは例えようもない充実感に満たされます。

 ところで、紙芝居の本質とは何でしょうか。前述の石山氏は文学と美術と演劇が一体となった総合芸術と説いていますし、大道芸の一部と語る人もあり、さらには紙芝居の理想的な型を求め、広めようとする人もいます。それらは、いずれも理にかなったものです。私は、それぞれの理念を尊重し合い、継続的に行動し、発信し続けることが紙芝居の存在をさらに高める方途であると信じて疑いません。

 ただ、往年の街頭紙芝居が一時期、低俗な娯楽と評価された暗い過去を拭い去れない人も少なからずおり、「たかが紙芝居」と冷ややかな視線を送る向きもあるという現実を真しん し摯に受け止める謙虚さも必要だと思っています。

 そうした負のイメージを一掃するためにも良質な作品を製作し、TPOに配意しつつ心を込めて演じること。そして、紙芝居が癒やしと楽しみを運び、時に心を育むためのツールであるという特性を最大限生かさなければならないと考えます。

 今後、さらなる歴史を紡ぎ、紙芝居が真に社会から認知されることを私も紙芝居に関わるボランティアの一人として心から願っています。

 その紙芝居の意義・価値を多くの人に知っていただくため、来年8月31日、9月1日に伊香保で「全国紙芝居まつり群馬大会」が開催されます。






(上毛新聞 2012年7月24日掲載)