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視点 オピニオン21
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アドベンチャーレース・マネジメント  竹内 靖恵 (みなかみ町鹿野沢)


【略歴】愛知県出身。1997年のアドベンチャーレース(AR)で日本チームの通訳を務めたことが縁でプロレーサー・田中正人と結婚。以降、ARの普及活動に従事。


アルプス縦断レース



◎己に打ち勝つため挑む



 日本にはさまざまな冒険に挑戦する人たちがいる。それは想像を超えるものだったり、不可能に近いものだったり、ばかばしいものだったり。冒険に遊び心をくすぐられ、時には悔しくて、時には感動して涙を流すほど大の大人が真剣に挑戦する。

 そんな冒険の一つ「トランスジャパン・アルプスレース」(TJAR)は2年に一度開催される長距離トレイルランレースで、今年は8月12日~19日に開かれる。ルールは至ってシンプル。8日以内に富山県魚津市の日本海をスタートし、北アルプス、中央アルプス、南アルプスを越え、静岡県静岡市の太平洋までひたすら縦走するのだ。

 スタートしてからゴールするまで競技時間は止まらないため、寝る場所や時間も自分で決める。事前にスタッフに預けた補充荷物の受け取り(デポジット)はコース中盤に1カ所のみ。それ以外はサポート禁止のため、食事は携帯するか途中で購入するしかない。ルールはシンプルだが、誰からも補助がない分、自己管理ができなくてはならない。体力だけでなく、山の知識、サバイバルスキル、体のメンテナンス知識なども必要となる。 アドベンチャーレーサー田中正人はこの大会で04年と08年に優勝している。最初に出場を決めた時、私にはこの大会が一体どんなものなのか理解できなかった。ほおがげっそりとこけ、象のように腫らした足を引きずって帰ってきた田中は「今まで多くのレースに出たが、ここまで苦しいレースはない」と言いながらも、とても満足している様子だった。そんなにつらいレースなのに、人をここまで充実させるのは何だろう?

 その「何」を知りたくて、06年の夏にレースを取材した。目がくらみそうなほど蒸し暑かった。日本海を出た参加選手6人(うち女性1人)が、そびえ立つアルプス連峰に向かって前へ前へと進んだ。明かり一つない漆黒の闇、天を切り裂くような雷雨、体中に走る激痛、満足に取れない食事、一日数時間の睡眠、灼しゃくねつ熱地獄のアスファルト。不眠不休で歩き続ける彼らの精神はすでに限界を越えていたが、この山のどこかで闘っている仲間がいることで自分を奮い立たせ、突き進んでいた。どんな困難に直面しようと受け入れる。自然に対して謙虚であり、何があっても決して他人のせいにはしない。TJARの真の敵は自分自身だったのだ。己に打ち勝つため、選手たちは挑戦を続ける。

 今年もこの冒険レースが開催される。私は実行委員会の一人として選手の動向を管理する。選手たちはGPSを持って闘いに臨むので、ホームページ(http‥//www.tjar.jp)からもその動向を見ることができる。果敢に挑む選手たちを、ぜひ応援してほしい。







(上毛新聞 2012年8月3日掲載)