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視点 オピニオン21
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県がん患者団体連絡協議会企画委員  篠原 敦子 (前橋市箱田町)


【略歴】前橋市生まれ。『光満つる葉月、切除』が第6回開高健ノンフィク ション賞最終候補に。『その夏、乳房を切る めぐり逢った死生観』と改題し創栄出版より発刊。


闘病中のオシャレ



◎社会人に不可欠な手段



 抗がん剤の副作用で爪の色が黒ずむことがある。初対面の相手と話し込む時、私たちの視線は顔や服装だけでなく、相手の手の形や爪の清潔さなどに吸い寄せられるものだ。闘病中のオシャレは気持ちを前向きにする重要な要素だが、日常的に名刺交換している人にとっては死活問題だ。

 私自身6年間ホルモン療法を続けているが、ヤクルトのふたを開けようとして親指の爪先がボロボロに砕けたことがある。市販のマニキュアを塗ると筋が入って裂けてしまう。G大付属病院の中の美容室に、爪を補強する特殊なマニキュアが売られていると聞き、早速赴いた。そこではナチュラル系と艶(つや)消しのマニキュアセットを、男性患者も頻繁に購入してゆくという。

 その病院では医師が患者にがんを告知する時、治療の副作用に備えて早めに美容室の戸をたたくよう勧めているそうだ。病名を告げられ衝撃を受けている人が、即座に容姿の心配をする気になれるだろうか。けれど実際には青ざめた顔で美容室に駆け込んでくる患者が少なくないという。

 美容室の経営者であるIさん自身、何十年もの間、重度のアトピーに苦しんだ経験がある。多くの患者は「どうして自分が?」という怒りや絶望感に苛まれながらも、鏡に向かって徐々に気持ちを立て直してゆく。その心の動きは「まるで我が身を投影したドラマを見るようだ」と、Iさんは話してくれた。

 この6月に開かれた県主催の市民講座では、専門家を招いて闘病中のメークの実践が行われた。自らモデル役を買って出た患者がステージ上で桜色の乙女に変身してゆく様は、見ていて胸が熱くなる光景だった。聴衆の中には男性の姿も見えた。

 健康な印象を与える秘訣(ひけつ)は目の力や顔色だと思われがちだが、意外にも肌の保湿がポイントだという。

 朝、十分顔を保湿し、ピンクベージュの下地を塗る。まつ毛が抜けたらアイラインを入れ、目尻を上げて見せると若々しい。「男のくせに」などと言っている場合ではない。生活費、治療費を捻出するための化粧でもある。女性のように口紅や服装でカムフラージュできない分、男性がすがすがしい風貌を手に入れる手段は社会人として欠かせない。武士にとっての鎧(よろい)や兜(かぶと)と同じことで、勇壮な装備ではないだろうか。





(上毛新聞 2012年8月13日掲載)