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視点 オピニオン21
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和紙ちぎり絵作家  森住 ゆき (埼玉県熊谷市)


【略歴】桐生市新里町出身。1984年偕成社「絵本とおはなし新人賞」、85年群馬県文学賞児童文学部門受賞。著書に『アメイジング・グレイス』『ぶどうの気持ち』。


気持ちを言葉に



◎開けてくる視界がある



 ずいぶん前のことですが、まだご健在だった作家の井上ひさし氏が、小学生くらいの子どもたちに向けたメッセージの中で、「言葉というものは、いま君たちが考えている以上に、人間にとってとても重要なものだ」と語っていました。その力説ぶりがとても印象に残り、今でもふと思い出すことがあります。

 数年前、思うところあって「傾聴」というものを学びました。あまり聞き慣れない言葉ですが、「傾聴」とは相手の気持ちに寄り添い、じっくりとお話を聴かせていただくことです。

 日本の年間自殺者がここ十数年、3万人を超え続けているという現実があり、「いのちの電話」などメンタルヘルスのための「傾聴」が注目され始めていましたが、先ごろの大震災で一段とクローズアップされました。

 私が学んだ講座は、受講生が互いに自分の気持ちを話す、聴く、を交互に繰り返して技法を習得してゆくものでした。私は「聴き役」はともかく、「話す」のは授業とはいえ、いささか苦痛でした。

 それは、もともと私が「思い悩むことがあったとしても、それを他人に話して何になるのか」と考えるタイプだったからだと思います。個人の抱える問題の本質は、しょせん誰かと分かちあえはしない。解決が与えられることもない。だから人に話しても意味がない、という考え方です。

 しかし、渋々ながらも気持ちを言葉にすることに挑むうちに、生の言葉にしかできない働きは確かにある、と思うようになりました。気持ちを言葉にすることで開けてくる視界がある、とでも言いましょうか。言葉にして相手に差し出した瞬間から、自分を冷静に客観視することが心の中で始まるのです。問題が即座に解決するわけではありませんが、この視座の変化は大きなことではないでしょうか。

 気持ちを「書いて整理する」という方法もありますが、まじめで責任感の強い人ほど気持ちの矢印が内側に向いてしまいやすいので、信頼のおける誰かと言葉のやり取りを経た方が、問題の本質をより的確に把握しやすい場合もあるように思います。

 身近に何でも話せる人がいれば何よりですが、言えないから辛(つら)いのですよね。

 「いのちの電話」は無料ですし、私がお世話になった創立50年の歴史を持つ社団法人日本産業カウンセラー協会は、高崎市にも相談窓口があり、仕事のこと、夫婦のこと、子どものこと、親のこと、気持ちの落ち込みについてなどにカウンセラーが対応しています。お心当たりの方は、どうぞお一人で頑張りすぎず、その気持ちを専門家に預けてみてください。最初は何も言えなくても、まずその沈黙を受け止めてくれる人があなたを待っています。






(上毛新聞 2012年8月21日掲載)