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元・東北大大学院助教授  高橋 かず子 (甘楽町小幡)


【略歴】東北大大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。東北大で機能性有機化合物の開発研究に取り組む。1997年から甘楽町のかんらふるさと大使。


ヒッグス粒子の発見



◎日本の先端技術が貢献



 宇宙誕生の歴史の中で、万物に質量を与えた素粒子の存在を1964年にピーター・ヒッグス博士が理論的に予言して以来、世界の科学者がその素粒子(ヒッグス粒子)の存在を実験的に証明しようと40年以上も努力してきました。そして今年7月、その存在が99・99998%の確率で実験的に証明されました。

 ヒッグス粒子の発生は、ジュネーブの郊外、フランス国境近くの地下100メートルに建設された円周27キロの円形トンネル内に設置された環状の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の中でした。LHCの構造は液体ヘリウムで極低温に冷やされたパイプの中に、内壁に超伝導電磁石が敷き詰められた2本のビームパイプが走っており、このビームパイプの中を約1400億個の陽子集団が走ります。2本のビームパイプのうち、1本は時計回りに、他の1本は反時計回りに陽子を何度も繰り返し周回させて光速近くまで加速し、この陽子同士を正面衝突させ、ビッグバン直後に匹敵するエネルギーを発生させます。すると衝突前には存在しなかった新しい粒子が多量に発生し、これらを検出器でとらえ、その中からヒッグス粒子を探し出したわけです。

 なぜこれまで見つからなかったかと言うと、ほぼ光速まで加速した陽子を円形のカーブに沿って走らせるためには強力な磁力が必要ですが、この技術がなく、陽子の衝突時に十分なエネルギーを発生させることができなかったためです。この問題を解決したのが、超伝導線材の分野で世界一の技術を持つ古河電工でした。直径0・8ミリの銅線の中に6千本以上のNb―Ti(ニオブ―チタン)棒を詰め込んだ驚異的な超伝導線材を開発し、これをコイル状に巻いて超伝導磁石として、ビームパイプの内側にぎっしり敷き詰めました。その結果、今年の4月から8兆電子ボルトの高エネルギー運転が可能となりました。さらに、陽子同士の衝突時に発生する多量の新しい粒子を検出する巨大検出器の心臓部として浜松ホトニックス社製の光電子増倍管が使われました。

 加えて、衝突で発生した膨大な粒子の中からヒッグス粒子を探し出すことは、干し草の山の中から針を探し出すような困難な仕事ですが、この難しい解析も東大の浅井祥仁准教授を中心に日本人研究者が協力して、ついにヒッグス粒子を発見しました。

 今回のヒッグス粒子発見の快挙は日本の先端技術なくしては不可能だったわけで、日本の科学技術のレベルの高さを世界に示す結果となりました。そもそも、日本人は物事の本質を追求する根強い根性を持つ民族であり、成功への道を粘り強く、追求し続けるすばらしい素質を持っていると思います。私も一人の科学者として、このような日本人の素質を後世に伝えていきたいと心から願う者です。





(上毛新聞 2012年8月23日掲載)