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視点 オピニオン21
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仏師  関 侊雲 (前橋市六供町)


【略歴】農大二高卒業後、富山県南砺市の仏師、斉藤侊琳さんに弟子入り。10カ所で教室を開設。著書に『彫刻刀で作る仏像』(スタジオタッククリエイティブ)など。


仏像が伝えること



◎向き合って自分と対話



 仏師として日々を過ごしている中、仏像とは何か、どのような表情を表していけばよいのかということをよく考えさせられます。それは仏像が単に造形的に優れているだけではなく、仏教の中で人の苦しみや悲しみを救おうとする最も重要な役割を果たす存在だからです。

 私は数年前まで、仏像を彫れるようになることに懸命で技術的なことばかり考えてしまい、仏像本来の役割を意識することがあまりできていませんでした。しかし5年ほど前、修行中から苦楽をともに歩んできた大切な親友を突然亡くし、とても受け止めきれない現実に直面することが大変苦しいことと初めて知りました。それから、人々のあらゆる苦悩を受け止める対象として仏像が存在し続けているのではないか、と考えながら仏像を制作するようになりました。

 私はその親友を亡くした直後の数カ月間、毎日その現実が頭から離れず、あらゆる感情が次々と襲い、まるで頭の中にもやがかかったような状態になって起きていることが大変苦しい日々が続きました。そんな中、家族や友人は私を懸命に励ましてくれました。その優しい心配りは大変うれしく思いましたが、なかなかその事実を頭から離すことができませんでした。自分でも乗り越えなければと何度も強く思うのですが、意思に反して悲痛な思いが募るばかりでした。

 そのような状況の中、ある仏像と何気なく向き合い、お顔をそっと見た瞬間、すうっと気持ちが楽になり、以前のような穏やかな心を取り戻すことができました。まるでそれまでの苦しさや悔しさ、すさまじい後悔の思いを理解し「本当につらかったね。私はあなたの受け止め切れない悲痛な思いを全て分かっていますよ」と言っていただいているような、そんな気がしました。

 この体験から、仏像とは向き合うことで落ち着いた気持ちになり、自分自身と対話し静かにその人生を見つめ直すことができる存在ではないかと思いました。人生歩んでいますと、想像もできないような困難に直面することが時々起こります。しかし、どんなに苦しい状況でも乗り越えることができたなら、必ずその先では成長し、少しだけ強くなった自分自身と出会えるはずです。

 全国各地に存在する昔から伝わる仏像は、その場所で生活してきた大勢の私たちのご先祖さま一人一人の人生を受け止めながら今に至っています。制作された年代によって表情や特徴が違うのも、その時の世の中の状況を反映しているからだと思います。京都や奈良を中心に日本には昔の仏像がたくさん残っています。その制作された時代背景と表情を照らし合わせてご覧になると、また違って見えてくるのかもしれません。






(上毛新聞 2012年8月26日掲載)