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視点 オピニオン21
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県立自然史博物館学芸員  姉崎 智子 (富岡市上黒岩)


【略歴】神奈川県出身。慶応大大学院博士課程修了。史学博士。京都大霊長類研究所研究員などを経て、2005年4月から現職。専門は野生動物の保護管理。


後進を育てる



◎仲間となら限界も打開



 「悲劇のヒロインにでもなったようなことを言うんじゃない。状況判断を誤ったのは自分だろう? 甘えるな」。これは、とある日の父と娘の会話の一こま。

 「ニーズを把握した上で、事業目標を達成するためには、何がどれだけ必要なのか。たりないのは人なのか、時間なのか、予算なのか。整理しながら効率よく作業を進めるのが係員である君の仕事、たりない部分を確保してくるのが管理職である僕の立場の仕事。精神論で、質の高い仕事は成り立たないよ」

 実のところ、遠く離れた親子の間でこのような会話をするようになったのは最近のこと。自分に対するちょっとした甘えや油断を見逃すことなく、幼いころから厳しく接してくれる父。厳しさがさらに増したのは、大病を患い、生死の境をさまよってからでしょうか。夜も眠れない日々が続いたと、あとから聞きました。きっと父は、怖がったり、不安がったりして、何もしないことのほうが後悔を生むと考え、前を向き、未来と手を組むことで、乗り越えてきたのだと思います。死は誰にでも平等に訪れる。それまでの残された時間、私や会社の後進に伝えるべきことを伝えなくてはならないという真剣な思いが、厳しい言葉となって出てくるのでしょう。

 後進を育てること。これは、博物館にとっても極めて重要な課題です。当館は県内の小中、高等学校をはじめ、県内外の多くの大学とも連携し、人材の育成に努めています。中でも、毎年、参加者が急速に成長する姿を目撃することになるのが博物館実習です。これは、学芸員資格を取得するための大学の必修科目で、当館では学生自らがミニ展示を立案・制作・展示・解説します。今年は8月1日から10日間、大学生11人を受け入れました。

 初めて体感する博物館の裏側の世界。博物館の根幹を成す、群馬の成り立ちや自然に関する調査・研究、資料収集、資料管理・収蔵などについて実習するとともに、利用者の視点に立ちながら、自らの頭で考え、仲間と話し合いを重ね、一つの展示をつくっていく。この中で、彼らは一人で考え、行うことには限界があり、仲間と意見をたたかわせながら真剣に取り組むことで、その限界を打開していくことを経験していました。

 最高のヒューマン・サービスを提供するには「常に『利他的』であり、できることからの発想ではなく、お客さまのニーズに応え、お客さまが気づく一歩先のサービスを提供する」(アマゾンCEOジェフ・ベゾス)ことが基本だといいます。利他的とは、公に正しいことを貫き、自分をかぎりなく除くこと。

 実習の最終日、完成した展示を誇らしげにお客さまに解説する彼らの姿はとても頼もしく、安堵(あんど)とともに、うれしさがこみ上げてきました。






(上毛新聞 2012年8月27日掲載)