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視点 オピニオン21
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県衛生環境研究所所長   小沢 邦寿 (前橋市岩神町)


【略歴】大阪府豊中市出身。東大医学部卒。帝京大市原病院外科助教授、県循環器病センター(現心臓血管センター)副院長などを経て、2001年から現職。


ミラーニューロン



◎共感や連帯感の源に



 ナショナリズムの高揚には、いったい意義はあるのだろうか。オリンピック、竹島・尖閣の領土問題、反原発運動など、今年の夏はいろいろと考えさせられる出来事が多い。個々の問題に関する考察は、他の識者に譲るとして、少し違った角度から連帯感について考えてみたい。

 1990年代にイタリアの神経生理学者のグループが、サルの脳に「ミラーニューロン」とよばれる神経細胞を発見した。「ミラーニューロン」とは、霊長類の脳に存在する「自己の行動」と「他者の行動を見る」のと、両方で同様の活動電位を誘発する「鏡の働きをするニューロン(神経単位)」である。人が食べているのを見て、あたかも自分が食べているように感じる、あるいは映画を見る、本を読む、このときに登場人物に同化し、泣いたり笑ったりする、これらは、このニューロンの作用である。

 他者を見て、自分をその人になぞらえるシミュレーションを、無意識にしかも瞬時のうちに行い、脳内で疑似体験する神経回路は、このミラーニューロンなしには作動しない。人が学習し、まねをし、相手の感情を察知し、集団内で協力し、仲間との一体感を感じるのも、すべてミラーニューロンの働きによる。人だけが持つ共感や利他的感情などの高度な精神作用、自他の区別、連帯感、これらは人間のみが進化させた精緻なミラーニューロン・システムにその源がある。人が人であるために必須な神経細胞といってよい。さらには、「『意識』そのものがミラーニューロンの作用である」との考えも最近出てきている。かりに『哲学命題への自然科学からの証左』といえるものがありうるとすれば、その論拠となるだけの重要性をミラーニューロンは持っている。

 とはいえ、必ずしも良い面ばかりではない。欺瞞(ぎまん)、悪事、暴力の模倣、他集団の排斥、攻撃といった負の効果も存在する。ミラーニューロンの作用は限定的で、仲間うちでは強く働くが、心理的距離が遠くなれば減弱する。隣国のサッカー選手による政治的パフォーマンスは、ミラーニューロンの負の作用の現れと解釈できる。ただし隣人ばかりを責めるわけにもいくまい。自国選手の金メダル獲得に狂喜するのと、真珠湾攻撃の戦果に熱狂するのは、神経生理学的には同根である。ナショナリズムの高揚とは、つまるところ「人まね神経細胞」ミラーニューロンの発火による集団興奮状態に他ならない。9・11後の米国民の好戦的反応は、ナショナリズムが往々にして好ましからざる結果を、自国のみならず他国にも及ぼすことを明示している。顧みるに、戦争放棄をうたったわが国の憲法第9条は、そのようなリスキーシフトに断固とした歯止めをかけているという点で、至高の価値を持つ。






(上毛新聞 2012年8月29日掲載)